【経済インサイド】「最強トヨタ」が春闘先導役からの“降板”を宣言したワケ - 産経ニュース

【経済インサイド】「最強トヨタ」が春闘先導役からの“降板”を宣言したワケ

終盤を迎えた平成30年春闘に臨む姿勢を再確認し、全トヨタ労連の代表者集会で気勢を上げる労組幹部ら=3月8日、愛知県豊田市
春闘の妥結内容について説明するトヨタ自動車労働組合の西野勝義執行委員長(左)=3月14日、愛知県豊田市
春闘の妥結内容について説明するトヨタ自動車の上田達郎専務役員(右)=3月14日、愛知県豊田市のトヨタ自動車本社
 トヨタ自動車の平成30年春闘は、異例づくしの展開となった。3月14日の集中回答日の前日まで労使交渉の決着がもつれ込んだ上、経営側は賃金水準を底上げするベースアップ(ベア)の具体額を示さず、相場先導役からの“降板”を宣言した格好だ。車両の電動化など「100年に1度の大転換期」に対して危機感を抱き、前例にとらわれずに対処するトヨタの「強さ」が浮き彫りにされた一方、今後、避けられそうにない「火種」も垣間見えた。
 「役員や部長が(労働組合員に)『何でそんなことを言ったんだ』というようなことがあったら、許さないからな」
 2月28日、愛知県豊田市のトヨタ本社。春闘で中心的な交渉の場となる第2回「労使協議会」で、議長を務める河合満副社長が経営幹部を一喝した。専従者を除くと、労組側の出席者にとって経営側の面々は上司だ。本来なら思い切った発言がしにくい状況だが、河合氏や「真剣に議論を尽くしてほしい」と求める豊田章男社長らの思いが伝わり、率直な意見交換がなされたという。労組側からは「会議が多すぎる」「意思決定のスピードが遅い」など、経営側への辛辣(しんらつ)な指摘が相次いだ。
 労使双方の幹部ら約350人が一堂に会したトヨタ特有の労使協議会。今年は大きなテーマがあった。電気自動車(EV)など車両の電動化や、自動運転などの先進技術が、自動車業界の経営環境やビジネスモデルを抜本的に変えていく大転換期の中で、競争力を強化するために労使が何をすべきか、という議論だ。労組側にも先行きへの危機感はあるが、経営側の認識は極めて厳しく、その温度差が交渉長期化の一因となった。
 3月7日の第3回協議会では、これまでの実績をアピールしてきた労組側に対し、豊田氏が「トヨタという家族の長として、その愛ゆえに率直に申し上げる」と切り出した。「あえて厳しい言い方をすると、100年に1度の危機感を本当に持っているならば、自分たちの過去の成果に目を向けている暇はありません」
 会場が静まり返る中、豊田氏は続ける。「皆さんから『(仕事を)やった、やった』という声、その結果として『要求に応えてくれ』という主張を聞く度に、私は『一緒に闘ってくれないのだろうか』と寂しい気持ちになっていた」。労使の認識の不一致を指摘するこの発言に、労組幹部は青ざめた。
 トヨタは今年1月、例年4月に実施する役員人事を前倒しした。発表に合わせて出した「次の100年も自動車メーカーがモビリティー(移動手段)社会の主役を張れる保障はどこにもない。『勝つか負けるか』ではなく『生きるか死ぬか』という瀬戸際の戦いが始まっている」というコメントには、豊田氏の危機感の強さが表れていた。
 その思いが、今春闘で正社員と非正規社員、トヨタ本社とグループ各社の結束強化を促した。労組側は一般組合員(正社員)の「ベア月額3000円」を要求したのに対し、会社側の回答は「正社員だけでなく、定年後再雇用者と期間従業員も含めた全組合員の昇給率3.3%」。金額にすると月額1万1700円だが、これはベアのほか、定期昇給分や手当も含まれている。経営側を代表して3月14日に記者会見した上田達郎専務役員は「組合員が一体となって頑張らなければならないという前向きなメッセージだ」と説明した。
 ベアの具体額を非公表とする異例の対応も、同じ文脈に沿ったものだ。トヨタのベア見通しが明らかになると、グループ各社は、トヨタより低い水準で妥結しようとする意思が働きがちだった。「各社労使の真剣な話し合いを阻害している」(豊田氏)という問題意識もあり、“荒療治”で慣例を打破する決断に傾いた。
 連結売上高29兆円、本業のもうけを示す営業利益2兆2000億円(30年3月期見通し)-。圧倒的な事業規模を持ちながら、労使で愚直に議論を重ね、先行きへの危機感を共有する。また、社内やグループ内の結束を強化するため、これまでの春闘の“常識”を覆す回答を出す柔軟性も併せ持つ。ここにトヨタの強さの秘密がありそうだ。
 もっとも、火種もくすぶる。手当などを含めた回答やベア非公表を来年以降も続けるのか、という質問に対して上田氏は「会社の考えとしては、同様にしていきたい」と話した。一方、14日の労組側の会見で西野勝義執行委員長は、要求と異なる経営側の回答について、「複雑な思いがある」と吐露。来年以降に関しては「まだ考えていない」と、経営側との温度差を感じさせた。
 それもそのはず、製造業の労組は「組合員が安心感を抱き、消費拡大にもつながる」として、ベアに相当する賃金改善分の獲得を最重視し、その成果を具体額として職場の組合員に示してきた経緯がある。自動車総連の高倉明会長がトヨタの回答について「共闘という観点では問題を残した」と苦言を呈したのも、最大手のトヨタから足並みが乱れることを警戒しているからだ。
 ベアにこだわってきた製造業の春闘が、トヨタの経営側主導で変わるのか、労組側が押し戻すか-。来年のトヨタの労使交渉は、その分岐点となる可能性がある。(経済本部 高橋寛次)
 トヨタ自動車労働組合 日本を代表する企業の労組として、動向が自動車関連を中心に産業界全体に影響する。組合員は約6万8000人。戦後の混乱期に起きた激しい労働争議や人員整理を教訓に、徹底した話し合いを通じた労使の信頼関係を重視している。上部団体にはトヨタグループの318労組でつくる全トヨタ労働組合連合会がある。
 春闘 企業と労働組合が毎年春に賃金や長時間労働の是正といった労働条件を話し合う団体交渉。全国で一斉に行うことで、労組は交渉力を強める狙いがある。年功序列型の賃金体系が崩れ、個人の働きぶりに応じて賃金を決める成果報酬型の企業が増えたため、春闘の影響力が落ちているとの指摘もある。近年は仕事と子育ての両立支援などを要求する組合も多い。