インドネシア高速鉄道計画にみる「日本の良心」と「中国の狡猾」どちらが信用できるか

野口裕之の軍事情勢
インドネシア西ジャワ州ワナカルタ村で、中国が受注した高速鉄道の「建設予定地」を指さす地主のイダムさん=2017年4月20日(吉村英輝撮影)

 中国共産党は「大日本帝國陸軍による南京市民の大虐殺」などと歴史を捏造し、わが国をおとしめている。その執拗さは、筆者の目には、さながら「ストーカー」のようにうつる。いかに邪道かつ卑劣な戦略かを周知させる妙案はないものかと思案を巡らしていたら思い付いた。もちろん、日本らしく正道かつ公正な戦略だ。

 中国を逆手に取り、中国が広域経済圏構想《一帯一路》に基づき各国で強引に進める大型インフラ投資に対抗し、漏れなく対案を打ち出し、日本も正々堂々たる「ストーカー外交」を目指すのである。

 最適任指揮官は河野太郎外相ではないか。失礼をおわびした上で理由は後述する。

 中国はアジアやアフリカで、経済的合理性に乏しい大型インフラ投資を同時多発的に手掛けている。インフラが未整備な国々を助ける殊勝な心根の発露ではない。“中華圏”を拡大し、非民主的な手法で世界規模の覇権を掌中に収めようと躍起なのだ。

 従って計画はズサンで、頓挫・遅滞するケースも目立つ。労働者も中国人を引き連れる場合が多く、地元は期待したほどの経済効果が得られない。各国指導者に札ビラをちらつかせる上から目線丸出しの手口に反中国感情も芽生えており、一部に「中国離れ」が顕在化している。

 そこで、時間はかかるが、計画が緻密で、相手国の将来を親身に見据えた日本の出番となる。余程のアクシデントがない限り、当初計画は順守され、労働者の現地雇用など、対象国の経済事情にも配慮する日本。日中を天秤にかけ、大盤振る舞いをする中国に目を奪われてきた国々がジワジワと日本の支援に改めて好感を抱き始めている。中国の「お陰」と言えよう。

 ならば、中国が大型インフラ投資を呼びかける国々に、日本も必ず計画を持ちかけるべきだ。少なからず行ってはいるが、この際、落札の成否は問わない。落札される方が良いが、日中比較で「日本の良心」と「中国の狡猾」が深く認識されれば、戦略目的の過半を達成したと評価できよう。後々、経済の関係強化も成されるはずだ。

インドネシアは「中国にだまされた」と怒っている

 既に「中国離れ」は加速している。例えばインドネシア。ジョコ・ウィドド大統領が率いる政権は公約として50兆円規模の巨大なインフラ開発計画を立て、日本と中国を「天秤」にかけた。国家指導者として「天秤」は当然だ。ただ、ジョコ大統領の「天秤」は余りに近視眼的過ぎた。中国の正体を知らなさ過ぎた。

 とりわけ、5千億円超ものプロジェクト=高速鉄道建設計画は国内外の注目を浴びた。

 序盤は、円借款を利用する日本の新幹線方式の導入が有力視されたが、借金を嫌うジョコ政権は2015年9月、「財政負担ゼロ」との中国の豪語に一転して吸い寄せられた。《一帯一路》と称する「蜘蛛の巣」に絡め取られたのだった。

 「中華民族の偉大なる復興」を掲げる一党独裁国家の中国は、清帝國時代の版図を回復するまで何でもする。

 中国政府や政府の影響下にある中国企業は発電所建設でも財政負担を求めず、早期完成も“約す”などジョコ政権に甘い誘いを連発。インドネシア投資調整庁(BKPM)によると、16年の中国の直接投資額(実施ベース)は15年比で4.5倍の3千億円へと膨張した。

 ところが、ここから先は「中国らしさ」が炸裂する。確かに、高速鉄道は16年1月に絢爛豪華な起工式でスタートを切った。が、2年以上を経過しても小規模の整地作業が続く。無謀な計画故に、土地収用さえ終えていないのだ。

 中国側は「土地収用が終わらなければ出資せず」と、応札期間中の太っ腹はどこへやら。ジョコ大統領は「だまされた」と地団駄を踏んだことだろう。

 というのも、ジョコ氏は来年4月に大統領選を控える。今年6月には前哨戦となる主要州の知事選挙もある。「19年の高速鉄道開業」を手柄公約に引っさげて選挙戦を有利に進めたい思惑だった。けれども、それも夢と消えた。

 今年早々、ジョコ政権は計画の練り直しを始めた。何しろ政権公約たるインフラ開発で進んだのは、高速道路や地方の港湾など目立たぬ案件ばかり。高速鉄道のような派手目のプロジェクトは遅れに遅れている。

 反面、日本が円借款で支援するパティンバン港開発やジャカルタの大量高速輸送システム(MRT)構築は大統領選前の完成が見込まれる。特にパティンバン港は5月に着工し、19年3月に部分開港するプランを日本政府がはっきりと伝えている。「海洋国家の復興」を看板にするジョコ政権にとって間違いなく大統領選挙への追い風になる。ジャワ島横断鉄道など大型案件も日本と協議中だ。

 もともとは親日国家インドネシアの政府内で「日本派」が復権の兆しを見せているのである。折しも、今年は両国の国交樹立60周年に当たる。安倍晋三首相や日本政府に宛てて発信した1月20日付《国交樹立60周年に際するジョコ大統領祝辞》の文面も、あながち社交辞令ではなさそうな温かさがにじんでいた。

 祝辞の中に《ブナン・メラ》という言葉があった。日本語の「赤い糸」と同義らしい。いわく-

 《両国を結ぶ「赤い糸」の絆は、今までにもつれたり、絡まったこともありました。しかし、互いに尊敬し合い、誠実な心から生まれた両国の友好と協力に鑑み、私はこの友好の絆は決して切れることはないと信じています。私は、インドネシアと日本は『将来に向けて共に働き、共に前進する心と心の友人』であると信じています》

 インドネシアには、中国の一連の振る舞いを深く認識→記憶してほしい。中国とは『将来に向けて共に働き、共に前進する心と心の友人』にはなれないと深く認識→記憶してほしい。

 そもそも南シナ海の領有権をめぐりインドネシアは中国と対立関係にある。14年12月には、領海内で違法操業をした中国籍漁船22隻を拿捕してもいる。

前米副大統領より影響力を発揮した河野外相

 さて河野外相の「ミッション」について論じたい。

 インドネシアが抱く中国への失望に象徴されるが、中国が引き受けるインフラ投資は破綻しやすい。そこで河野外相には、中国がプロジェクトを提案している全ての国に、わが国の対案をぶつける「指揮官」となっていただきたい。

 ドイツで今月行われた国際シンポジウム《ミュンヘン安全保障会議》での活躍は、河野外相の「ミッション」成功を予感させた。

 河野外相は名指しを避けつつ、中国による「現状変更」が海洋進出のみならず、《一帯一路》などアジア+アフリカ+中東へのインフラ投資も手段として使われている、と指摘。「操られないように注意しなければならない」と国際社会の対中連携を訴えたのだ。

 討論では米国のジョー・バイデン前副大統領が冒頭演説したが、内容はロシアが中心だった。だが、河野外相の発言を機に「(ロシアより)中国の方が問題ではないか」との声が強まり、オランダ首相やカナダ外相ら参加した他国要人を巻き込む議論に発展したのである。

 米副大統領(経験者)に比べ日本の外相の発言が格段に影響力を持った例は筆者には記憶がない。対中警戒感を外国要人に覚醒させる手腕を高く評価したい。

 河野外相が、縦横無尽に「対中ストーカー外交」に挺身すれば、インフラ投資を支える「素材」や「調理」の違いに地元国も気付くこと請け合いだ。

 ことインフラ投資に限れば、「力任せに中華鍋を振るう中華風」より「おもてなしの心を忘れず、繊細な出汁を大切にする和風」が勝っている。