米国の核戦略に噛み付く中国と日本の野党 米国の対中抑止力は早くも効果てき面

野口裕之の軍事情勢
2日、米バージニア州の税関・国境警備局施設で発言に耳を傾けるトランプ大統領(ゲッティ=共同)

 米国のドナルド・トランプ政権が2日に公表した、今後5~10年の新たな核政策の指針となる《核戦略体制の見直し=NPR》を、河野太郎外相が「高く評価する」と明言した際、一部野党の政治家が河野発言に噛み付いたと、前回の小欄は批判した。民進党の大塚耕平代表は4日の記者会見で「河野氏はもう少し内容を考えるべきだ」と述べたが、同様に中国もまた噛み付いた。

 ただ、後述するが、中国の「噛み付き具合」から察するに、手前ミソを承知で言えば、前回小欄の指摘が図星だったと思われる。前回小欄は、中国による《核の先制使用》への戦略転換などに対応し、米国もNPRで核戦略の転換を図った、と論じた。

 その上で記事の最後を、筆者はこう締めくくった。

 《核兵器を「持たず、造らず、持ち込ませず」をうたう『非核三原則』の再考を封印し、『核戦略体制の見直し=NPR』を「高く評価」した河野外相を批判する政治家は詰まるところ、中国の危ない軍事膨張を「高く評価」しているのである》

 大塚代表にしても《中国の危ない軍事膨張を「高く評価」している》ワケではないだろうが、河野外相発言の批判は結果的に、中国をして《核の先制使用》を後押ししてしまう。

 ともあれ、NPR発表後の中国とロシアの反応には、早くもNPRが抑止効果を発揮し始めたと認められる点が散見される。歓迎したい。

眠っていた巨人=米国を起こした中露

 まずは《核戦略体制の見直し=NPR》のお復習いを。NPRは中国+ロシア+北朝鮮+イランの脅威を指摘した上で、以下のような新機軸を打ち出した。

 (1)核の先制不使用政策を否定。

 (2)海洋発射型の核巡航ミサイルを研究開発。

 (3)低爆発力の小型核の導入。

 (4)核使用は、核以外の戦略的攻撃を受けたケースも含む。

 NPRは中国・戦域核兵器の限定的使用阻止に言及しており、中国は「猛烈に反発」した。毎度のことだが、今回はやや“発火点”を異にする。

 絵に描いたごとき「語るに落ちた」反発を糸口に、“発火点”にたどり着きたい。

 中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報(5日付)は、中国が核兵器の《先制不使用》を表明している経緯に触れながら、社説で反論した。

 《中国の核政策は核大国において最も抑制的だ》 

 《中国を利用して急進的政策を進めようとしている》とも記しているが、正確ではない。米国は、《先制使用》へとカジを切った《中国・核戦略の急進的転換に備えようとしている》のである。もはや《中国の核政策は最も抑制的》ではなくなったのである。

 《中国の核政策は最も抑制的》ではなくなった理由を、改めて説明する。 

 米国のバラク・オバマ前大統領は「核兵器の先制不使用」の検討を一旦は公言(2016年)するなど米国歴代大統領中、突出して安全保障が理解できない、中国+北朝鮮+ロシアに覇権条件を献上した極めて危険な為政者だった。 

 中国はムードが先行する“核軍縮”や北朝鮮の核・ミサイル開発問題の陰で、核兵器の先制使用戦略への転換時機を狙っていた。

 中国核戦略の大転換はオバマ政権時代の2015年11~12月、中国人民解放軍海軍の晋級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)が実施した、初の《戦略哨戒任務》にハッキリと現れた。

 SSBNが有する最重要任務は、海中に深く静かに長期間潜む隠密性を活かした核攻撃能力だ。ただし過去、人民解放軍は核弾頭とミサイルを別々に保管し、SSBNも例外ではなかった。別々の保管は、最初の核実験の1964年以来、少なくとも表面上公言してきた《核の先制不使用》を保障した。

 SSBNの戦略哨戒任務は実任務付与であり当然、ミサイルに核弾頭を装填したはずで、核兵器の先制使用肯定を意味する。ミサイルの精度・射程が向上し、最強の恫喝手段「核攻撃」を隠さなくなったようだ。

 まさに、《先制使用》を視野に入れた中国の核戦略は、米国に《核戦略体制の見直し=NPR》を余儀なくさせた。まさに、米国という《眠っていた巨人を起こした》。 

 もっとも、《眠っていた巨人を起こした》とのフレーズは当然ながら、中国共産党に操られる官製メディアの手による表現ではない。ロシアのリベラル紙ノーバヤ・ガゼータ(7日付)が掲載した専門家論評の一文だ。

 確かに、締結した中距離核戦力(INF)全廃条約締結30周年の昨年、米国務省はロシアが中距離巡航ミサイルの実験→配備を繰り返していると、条約違反を暴露し、対抗措置を表明した。

 ロシアは、小型核増強も続けるが、米国はロシアを牽制すべく、(3)の低爆発力の小型核の導入も決めた。戦争相手国を壊滅させる戦略核たる潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の一部弾頭が対象となる。小型核攻撃を仕掛けても「米国は、凄惨な結果を招く戦略核による報復攻撃を躊躇する」との思い込みを、ロシア側に抱かせぬ戦略レベルの“変更”だ。

 ロシアも中国同様に、米国を目覚めさせたのだ。

『国際社会の不安』は『中国の不安』の間違いでは?

 しかも、皮肉にも《核戦略体制の見直し=NPR》は公表早々、中国とロシアに対して抑止力を発揮し始めた。

 環球時報は《米国が未来の戦争において小型核兵器を先制使用するのではないかとの『国際社会の不安』を著しく高めている》と報じた。

 米国とその同盟国・友好国は日本の一部政治家を例外とすれば、おおむねNPRを評価している。ということは、『国際社会の不安』は『中国の不安』の間違いではないか。

 ロシア国防省の機関紙・赤い星(5日付)も、モスクワ国際関係大学の専門家の論評を載せた。専門家は、NPRの規定する核使用基準が《曖昧》な点を問題視した。

 欧米側の核戦略に照らせば、この専門家の着眼点はどうかしている。あるいは、《核の先制使用》を隠さないロシアにとり、核使用基準の《曖昧》性は何とも不気味なのであろう。

 ソ連は1982年以降、《核の先制不使用》を明言していた。けれども、冷戦後の93年を境に、核の使用条件を次々に緩和し、2000年代の今も緩和を継続中だ。冷戦時代とは反対に、欧米通常戦力への優位をロシアが保てなくなった事情に起因する。

 ウラジミール・プーチン大統領は2015年、ウクライナ・クリミア侵略(14年)をめぐり、戦術核戦力を臨戦態勢に置くと凄んでいる。

 一方、欧米側にとり、核兵器使用に関する《曖昧》戦略は抑止力の要諦だ。言い換えれば、NPRの《曖昧》性を問題視したモスクワ国際関係大学の専門家の反応を観察すると、既に欧米側の抑止力が効果を発揮し始めた兆しとも受け取れる。

 そもそも、NATOも冷戦後の《新戦略概念》で、《不確実性の担保》に向け核戦力を保持すると記述。背景には《通常兵器での戦争でも、劣勢下では核兵器を使用するかもしれぬ不確実性》こそ抑止力だとの認識が横たわる。

「世界は中国の台頭に慣れよ」

 ところで、筆者は気持ちが落ち込んだときは、中国官製メディアの論評に触れることにしている。大いに笑い、元気をもらうのだ。

 例えば、中国国営新華社通信が5日に配信した論評。《核戦略体制の見直し=NPR》をとらえて、怒ってみせた。

 《歴史を逆行するやり方》

 やっぱり、中国・朝鮮を支援していた福澤諭吉(1835~1901年)がサジを投げたお国だけのことはある。《脱亜論》《朝鮮人民のために其国の滅亡を賀す》《文明論之概略》などを総合・意訳すると、福澤の中国・朝鮮観はこうなる。

 《国際紛争でも「悪いのはそっち」と開き直って恥じない。この二国に国際常識を期待してはならない》

 自省しない中国に言っても無駄だが一応、クギを刺しておく。

 中国共産党は《中華民族の偉大な復興》をスローガンに、100年以上にわたって抑えられてきた「中国の夢」を実現せんとしている。共産党の主張を精査すれば、清帝国並みの版図の復活を目論んでいる野望が一目瞭然だ。

 南シナ海では岩礁を埋め立て軍事基地を造成し、わが国の尖閣諸島(沖縄県石垣市)も侵略対象だ。かつての朝貢国やアジア・アフリカ諸国の指導者にカネをちらつかせ、経済的・政治的影響力も急激に拡大。国内異民族への弾圧・支配も強化している。

 中国の王毅外相の発言もふるっていた。

 「世界は中国の『台頭』という現実に『慣れ』なければならない」

 国際秩序を守り、自由で開かれた経済ルールを守った上での『台頭』であるのなら、『慣れ』もしよう。が、国際秩序を破り、資本主義と統制経済を露骨に使い分け、軍事力を背景とした覇権を止めない一党独裁国家に『慣れ』るほど、筆者は“中国的”ではない。

 中国は《歴史》に加え、福澤が看破した通り《国際常識》にも《逆行》している。