日本でニセ薬は流通しない“安全神話”揺るがした偽C型肝炎薬流通事件の舞台裏

衝撃事件の核心

 「規制が厳しい日本では偽の薬は出回らない」-。東京都内の薬の卸売業者などで偽のC型肝炎治療薬「ハーボニー」が見つかった事件は、従来信じられてきた日本の“安全神話”を揺るがし、100万人以上いるとされるC型肝炎の患者や医薬品業界に衝撃と不安を与えた。捜査は難航したが、事態を重く見た警視庁は1年以上にわたって調べを進め、7日、夫婦の加瀬敬幸(43)、芳美(49)両容疑者の逮捕に至った。長期化した捜査の糸口は何だったのか。夫婦が犯行に及んだのはなぜか。事件の背景に迫った。

“秘密厳守”の現金問屋

 事件は平成29年1月、奈良県の薬局でハーボニーを処方された患者が、以前処方された錠剤と色が異なることに気付いて薬局に連絡したことから発覚。その後の厚生労働省の調査で、偽物は都内の「現金問屋」と呼ばれる卸売業者から、大阪を経由してこの薬局へ渡ったことが判明した。

 現金問屋とは、個人や病院などから余った薬を定価より安く買い取って転売する業者で、「小口取引にも応じるため、小さい薬局などには必要な存在」(医薬品業界関係者)という。

 ただ、偽薬の流通元となった東京都内の現金問屋「エール薬品」は“秘密厳守”をうたい、薬の売却に訪れた顧客の身元を確認せず、記録もずさんだった。そのため捜査は難航し、当初は犯人の足跡が大阪府周辺にあることまでしか突き止められなかったという。

 しかし聞き込みを続けた結果、加瀬容疑者らの存在が浮上。捜査員は交代で加瀬容疑者らが活動拠点にしていた広島県に飛び、時には7~10日間にわたり現地での捜査に努めた。さらに昨年夏ごろから行動確認を続け、夫婦の別の薬物事件での逮捕・起訴を経て、ようやく偽造ハーボニー販売容疑での逮捕に至った。

薬物利用者間で回された情報?

 夫婦はどのようにして、偽のハーボニーを現金問屋で売却する手口を思いついたのか-。手がかりになりうるのが、警視庁が28年6月、生活保護制度を悪用して無料で別のC型肝炎治療薬「ソバルディ」の処方を受けたとして、男女3人を逮捕した事件だ。

 逮捕された男の1人はC型肝炎患者で、処方を受けたソバルディを自分で服用せず、別の男を介して元暴力団幹部の男に渡していた。幹部は薬を転売し、利益は暴力団の資金源になっていたとみられている。当時、ソバルディは市場に出回ったばかりで、現金問屋で高値で取引されていた。

 捜査関係者によると、薬物使用者は注射針の針の使い回しによって肝炎に感染し、治療薬を服用するケースも多いという。「薬物利用者間でこうした販売ルートについての情報共有が行われていた可能性もある」(捜査関係者)という。

 実際、夫婦とは別の何者かが関与したとみられる偽ハーボニーも見つかっており、捜査は今後も続く。

揺らぐ“安全神話” 構造的問題も

 ある現金問屋関係者は「購入の方法は店舗ごとに異なるが、うちは薬品購入の際、必ず販売許可などの確認を行い、伝票の管理なども厳密に行っている。エール薬品のずさんさが問題の大本だ」と話す。一方で、「現金問屋を介した薬は、複数の問屋や薬局を経由することも多い。それぞれの店で薬剤師などによるチェック機能が働かなかっった可能性がある」と構造的な問題も指摘した。

 ある医薬品業界関係者は、事件を「『日本では偽造品流通は起きない』といわれてきただけに衝撃は大きかった」と振り返る。医薬品の流通規制強化の流れに関しては「卸売業者の人的・金銭的負担が増えるだろうが、信頼回復のためにはやむを得ないと考えている」と話している。

●ハーボニー=国内に100万人以上いるとされるC型肝炎の治療薬として、平成27年9月に販売が始まった。患者は1日1錠を12週間飲む必要があり、28年末時点で約7万6千人が利用している。臨床試験(治験)では頭痛、倦怠(けんたい)感などの副作用がみられたが、約150人の患者全員で、ウイルスを排除できるなど劇的な効果があったという。