(94)清湖口敏 広辞苑 国民的な「国語辞典」たれ

国語逍遥
岩波書店の辞書「広辞苑」第七版

 国語辞典の広辞苑が大好きだ-と書けば、いぶかる読者も少なくなかろう。10年ぶりに改訂され、1月12日に発売されたばかりの広辞苑第7版をめぐって、多くの記載ミスが指摘されている。そんな辞書のどこが好きなのか、と。

 「しまなみ海道」の項では海道が経由する島の名を間違え、「LGBT」(性的少数者)の説明でも誤りが見つかった。発行元の岩波書店は2項目についてミスを認め、謝罪した。

 そういえば広辞苑には地理に関する誤記が多いようだ。平成20年刊の6版でも「芦屋」(兵庫県)や「薩摩川内」(鹿児島県)の項に事実誤認があった。

 驚いたのは「中華人民共和国」の地図で、台湾が中国の一部(台湾省)として記載されていた件だ。それも5版(10年刊)からで、“広辞苑好き”の私もこれには全く気づかなかった。日本国内や台湾から強い批判と修正要求が起きたにもかかわらず、岩波は「誤りとは考えない」と発表し、7版にも引き継いだ。

 4版(3年刊)から見出しに立てた「南京大虐殺」では、「日本軍が(中略)大量に虐殺し」云々(うんぬん)と書かれてあり、これも7版まで通している。どうみても中国の立場にだけ寄り添った内容で、反日をあおっているとしか思えず、日本の国益も損ねかねない。

 そもそもこれらの項目は国語ではなく百科の部類に属する。広辞苑は、国語と百科を兼ね備えた辞書を標榜(ひょうぼう)するが、誤記に加え、恣意(しい)的とも思える表記があちこちに目につく状態で、はたして百科事典として信頼に足るのだろうか。

 史実でない日本軍の“蛮行”を詳述する一方で広辞苑は、「拉致」については「むりに連れて行くこと。らっち」と記すのみである。日本国民にとって目下の最大関心事である「拉致事件」には見出しはおろか本文での言及も一切ない。

 「キム・ジョンイル」(金正日)の項でも、彼の経歴に加えて「名実ともに最高指導者の地位にあった」などと書くだけで、金正日自身が公式に認めた北朝鮮の国家的犯罪「日本人拉致」には、1文字たりとも触れようとしない。

 百科項目に関して「第七版の序」は「現在に相応(ふさわ)しい新項目の追加を行った」とうたうが、拉致事件を採録しないで「現在に相応しい」とは、いかなる了見なのだろう。「国民的」辞書とはとても呼べまい。

 -さて、ここからは「百科事典」ではなく、「国語辞典」としての広辞苑に話頭を転じたい。

 同じ序には「現代語では目まぐるしい言語変化に対応し、古典語では用例・出典等を改めて点検した」ともある。これは実際その通りで、大いに感心した。

 昨年3月1日付の本欄で私は、「教官」を「教育・研究に従事する教員。(中略)また俗に、私立大学や専門学校などの教員にも用いる」と示した5、6版の記述を「不可解」と指摘した。初めに「教育・研究に…」と定義した以上、「また俗に」以下の説明とはまるで脈絡が成り立たない。

 7版ではそれが「国公立の学校・研究所などで教育・研究に従事する公務員。また俗に、私立大学や専門学校などの教員にもいう」と改まっていた。(別にうぬぼれるわけではないが)私の指摘に真摯(しんし)に対応してくれたのだとしたら、感謝申し上げたい。

 同時に指摘していた「左遷」「辞令」は、7版でも「官職」専用の語として扱い、民間での使用には不寛容の姿勢を貫いている。もちろん、それはそれで伝統を重んじる広辞苑の見識として評価すべきだろうが。

 広辞苑(初版)を編纂(へんさん)した新村出は、自身のことを「語史にのみ傾倒せる編者」と自序に記した。彼は2版の刊行を見ることなく逝ったが、語源や語誌を重視する広辞苑の編集方針はその後も継承されているのであろう、語源説明や出典表示が実に行き届いている。古典の用例が豊富なのもうれしい限りだ。

 古い語義から順に掲げるのも広辞苑の特色で、意味の変遷がよく分かる。冒頭で「国語辞典の広辞苑が大好きだ」と書いた私の真意も、まさしくそこにある。

 例えば「やさしい」を引くと、最初に「身も痩せるように感じる。恥ずかしい」の原義を示し、万葉集から用例を拾っている。私たちが一般に思い浮かべる意味はといえば、7版では5番目に「情深い。情(じょう)がこまやかである」として出てくる。実は5、6版では「情深い…」が6番目に置かれ、5番目には「悪い影響を及ぼさない」の義とともに「肌にやさしい洗剤」の用例が載っていた。

 「肌にやさしい」といった比較的新しい用法がどうして5番目なのかと不思議でならなかったが、7版では末尾の8番目に後退している。遅ればせの感は否めないものの、丁寧な点検の跡がよくうかがえる。

 こうしてみてくると、百科項目さえなければ極めてすばらしい辞書なのに-との思いを禁じ得ない。漢字学の泰斗、白川静も言う。

 「今の『広辞苑』は先生(新村出=引用者注)の趣旨からだいぶ外れて、百科辞書のようになってしまってね。先生は、間口は狭くて奥が深いほうがよいと言うておられたんですが、ちょうど逆になりましたな」(平凡社刊『白川静回思九十年』)

 新村出と白川静。ふたりの文化勲章受章者は今頃、泉下で何を語り合っているのだろう。