中国が核の先制使用を容認 河野外相の米核戦略「高く評価」発言を高く評価する

野口裕之の軍事情勢
北京の釣魚台迎賓館で、会談前に握手する河野太郎外相(左)と中国の王毅外相=1月28日(共同)

 わが国の領土を狙う中国+核・ミサイル開発を止めない北朝鮮+北朝鮮との同化を謀る韓国…。こうした中、米国のドナルド・トランプ政権が2日に公表した、今後5~10年の新たな核政策の指針となる《核戦略体制の見直し=NPR》を、河野太郎外相が「高く評価する」と明言した。しかし、河野氏の発言を待ってましたとばかりに一部の野党は外相を批判した。たとえば、民進党の大塚耕平代表は4日の記者会見で「同盟国でも苦言を呈する、対等で有意義な関係であってほしい。河野氏はもう少し内容を考えるべきだ」と述べた。

 NPRは中国+ロシア+北朝鮮+イランの脅威を指摘した上で、以下のような新機軸を打ち出した。

 (1)核の先制不使用政策を否定。

 (2)海洋発射型の核巡航ミサイルを研究開発。

 (3)低爆発力の小型核の導入。

 (4)核使用は、核以外の戦略的攻撃を受けたケースも含む。

 NPRを「高く評価」できない日本の政治家は、「モリ・カケ」問題追及には熱心だが、自国が置かれている安全保障環境の現実に関しお勉強を怠ってきた。後述するが、ロシアに続き中国も《核の先制使用》を決断したが、一党独裁国家が断行した衝撃的な国家戦略の大転換など、ゆめゆめ知らなかったに違いあるまい。

 そもそも、日本を取り巻く核兵器情勢を正視できぬセンセイ方は、《核の先制使用》と《先制核攻撃》の違いもご存じなかろう。

 まずは、核戦略のイロハから入る。 

「核の先制使用」は「先制核攻撃」とは違う

 《核の先制使用》とは戦端が開かれ、戦争の途中で核兵器を使用する戦略。

 敵は核兵器ではなく、通常兵器で攻撃してくるが→敵通常戦力が味方を圧倒し→敗北が濃厚になるや→やむを得ず先んじて核戦力を投入し→劣勢を挽回する…といった段階を踏む。

 冷戦時、ソ連を主力とするワルシャワ条約機構(WTO)軍と対峙する北大西洋条約機構(NATO)加盟の欧州諸国は、自らの通常戦力の劣勢を補おうと、米国の核戦力を引き寄せ、先制使用を確実にするべく欧州に核ミサイルを配備。一部の国は核兵器シェアリングにより「核のボタン」を手に入れた。

 韓国も、北朝鮮の巨大なる陸上兵力に備え、米国による核の先制使用を後ろ盾にする。

 《核の先制使用》と、開戦前にいきなり核兵器を使う《先制核攻撃》は異なるコンセプトなのである。

 一方、冷戦が終わると、ソ連崩壊後のロシアが「先制使用の敷居」を下げていく。

 ソ連の場合は1982年以降、核の先制不使用を明言していた。けれども、冷戦後の93年を境に、核の使用条件を次々に緩和し、2000年代の今も緩和を継続中だ。冷戦時代とは反対に、欧米通常戦力への優位をロシアが保てなくなった事情に起因する。

 ウラジミール・プーチン大統領は2015年、ウクライナ・クリミア侵略(14年)をめぐり、戦術核戦力を臨戦態勢に置くと凄んでいる。

 ロシアや北朝鮮のみならず、後半で触れる中国も先制使用条件を緩め、わが国の周辺はキナ臭さを急激に高めているのだ。

 日本が「唯一の被爆国」を強調したところで、北朝鮮は「それがどうした。2番目の被爆国になりたくないので核保有国だと認めよ」と、痛みなど感じない。

 NATOも冷戦後の《新戦略概念》で、《不確実性の担保》に向け核戦力を保持すると定めた。背景には《通常兵器での戦争でも、劣勢下では核兵器を使用するかもしれぬ不確実性》こそ抑止力だとの認識が横たわる。

 大東亜戦争(1941~45年)末期、優勢だった米国が通常兵器しか有しない日本にトドメの核爆弾を落としたのは、ソ連の核開発をにらみ「悪魔の実験」が必要だった側面もあるが、唯一の核保有国で核報復される確率が低かったためだ。

「日本が核兵器を完成させていれば、抑止力が機能し、悲劇を回避できた」などの検証も根強い。

米露は「小さな核爆弾」で冷戦状態に突入

 《核戦略体制の見直し=NPR》の主敵はどの国か?は、安全保障関係者の間でトーンが微妙に違う。

 確かに、先に発表した《国家防衛戦略》では、米国の優位を脅かす中国を「主敵」に位置付けたが、核分野に限ったNPRではロシアを挙げた。

 既述したが、ロシアは《核の先制使用》を隠さない。また、締結した中距離核戦力(INF)全廃条約締結30周年の昨年、米国務省はロシアが中距離巡航ミサイルの実験→配備を繰り返していると、条約違反を暴露し、対抗措置を表明してもいる。

 小型核増強も続けるロシアを牽制すべく、米国は(3)の低爆発力の小型核の導入も「決めた」。戦争相手国を壊滅させる戦略核である潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の一部弾頭が対象となる。小型核攻撃を仕掛けても「米国は、凄惨な結果を招く戦略核による報復攻撃を躊躇する」との思い込みを、ロシア側に抱かせぬ戦略レベルの“変更”だ。

 もっとも、筆者は米国が低爆発力の小型核導入を新たに「決めた」とは観測していない。北朝鮮の軍事拠点=地下要塞・坑道を、通常型地中貫通爆弾=バンカーバスターで破壊できぬ局面で投下する、核爆発力を抑えた「小さな核爆弾=ミニ・ニューク(戦術核)」を装填した地中貫通核爆弾を、米軍は開発済みだと、小欄で何度も報じた。もちろん、「小さな核爆弾」自体の運用方法も研究されている。

中国原潜の「戦略哨戒任務」の不気味

 前置きが長くなったが、中国が《核の先制使用》に踏み切った経緯を説明する。

 米国のバラク・オバマ前大統領は「核兵器の先制不使用」の検討を一旦は公言(2016年)するなど米国歴代大統領中、突出して安全保障が理解できない、中国+北朝鮮+ロシアに覇権条件を献上した極めて危険な為政者だった。 

 中国はムードが先行する“核軍縮”や北朝鮮の核・ミサイル開発問題の陰で、核兵器の先制使用戦略への転換時機を狙ってきた。

 中国核戦略の大転換はオバマ政権時代の2015年11~12月、中国人民解放軍海軍の晋級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)が実施した、初の《戦略哨戒任務》にハッキリと現れた。

 SSBNが有する最重要任務は、海中に深く静かに長期間潜む隠密性を活かした核攻撃能力だ。ただし過去、人民解放軍は核弾頭とミサイルを別々に保管し、SSBNも例外ではなかった。別々の保管は、最初の核実験の1964年以来、少なくとも表面上公言してきた「核の先制不使用」を保障した。

 SSBNの戦略哨戒任務は実任務付与であり当然、ミサイルに核弾頭を装填したはずで、核兵器の先制使用肯定を意味する。ミサイルの精度・射程が向上し、最強の恫喝手段「核攻撃」を隠さなくなったようだ。

 核不拡散条約(NPT)で核兵器保有を公認される米国/ロシア/英国/フランスに比し、核戦力の技術水準が劣る最後発国・中国は今後、劣勢を挽回すべく露骨な核戦力強化を止めないだろう。

 怖い話は続きがある。

 核弾頭とミサイルの分離は、軍の強硬派や不満分子が中国共産党の指揮・統制を無視し、米国への発射といった暴走を防ぐ「安全装置」でもあった。先制使用ばかりか、「意図せぬ発射」にも警戒が必用となったのだ。

中国が核戦略を控えめにしたワケ

 中国共産党は、核兵器の保有・配備数はじめ、運用方法など基本的核戦略を秘密にしてきた。

 とはいえ、2010年度の《中国国防白書》などで、《核戦力は国家の安全に備えた最低レベルを維持し続ける》などとうたっており、「最小限抑止」と推定されていた。米国核兵器の第1撃に対し、中国が残存核兵器での反撃(第2撃)力を担保すれば、米国は第1撃をためらう、との考えだ。

 中国にしては控えめで気味が悪いが、以下のようなワケがある。

 第2撃は《都市への報復》と《敵核兵器への攻撃》の2種類に大別される。

 特に敵核兵器への攻撃には、敵報復力を一定程度無力化する高い命中精度や、《複数個別目標再突入弾頭=MIRV(マーブ)》能力の向上が必須の前提条件となる。MIRV能力を獲得すれば、弾道ミサイルに複数の核弾頭を詰め込み、ミサイルから分離した核弾頭が複数の標的(敵の核ミサイル発射基地)に襲いかかれるためだ。米国のミサイル防衛網(MD)を突破する確率も高まる。

 ところが、敵核兵器の攻撃には高度な技術に膨大な開発・生産費もかかる。

 カネを刷りまくり、市場を操作し、バブル経済を創り出す中国は、カネには糸目は付けず、軍事科学に資金を大量注入する。半面、独自開発努力に加え、諜報活動やサイバー攻撃で技術窃取を働き現在の力を付けるまで、中国は少数の都市に対する報復攻撃を柱とする「最小限抑止」核戦略に徹し、控え目に振る舞ったのだった。

 実際、中国人民解放軍海軍は1980年代に夏級SSBNを配備したが、戦略哨戒任務に就いていないと分析されていた。

 それが一転、1996年の包括的核実験禁止条約(CTBT)も手伝い、米露英仏中5カ国といえども核実験はやりにくくなる中、技術開発に自信を持った中国は2000年代に入ってなお、核戦力強化に邁進する。

 具体的には1980年前後、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を配備したが、当初は対米抑止力を地上発射の固定サイロ発射型ICBMに頼った。やがて、移動可能で所在を秘匿できる車両搭載型ICBMへとシフトし始めた。そして、ついに最も技術レベルが高く、最も開発コストのかさむSSBNをプラットホームにした対米核戦力に、本腰を入れるに至る。

時間の問題だった「核戦争準備」

 さて、晋級SSBNが実施した、初の戦略哨戒任務が先制使用の決断を意味することは先述した。ただ、核兵器の先制使用に言及する人民解放軍関係者や西側・ロシアの研究者は過去に存在したし、人民解放軍の内部文書も報じられた。

 米海軍情報局(ONI)が2013年に戦略哨戒任務開始の可能性を発表後は、もはや人民解放軍の「核戦争準備」は時間の問題と観測されていた。

 米中経済安全保障調査委員会がオバマ政権時代の2014年に出した報告書も《中国の核戦力が3~5年以内に一層増強される》と、中国の軍事的進化と米国の相対的抑止力低下に警鐘を鳴らしている。

 さらに、中国人民解放軍空軍の少将は2005年、米ニューヨーク・タイムズ紙上で、米国が中国と台湾の軍事衝突に通常兵器で介入した場合も、核兵器の先制使用する方針を明らかにした。しかも、ドスを効かせて。

 《中国は(米国の核攻撃で)西安以東の全都市が破壊される事態を覚悟する。が、米国の数百の都市を中国が破壊する事態も覚悟せねばならない》

 民主国家と一党独裁国家では、核兵器で生じる人命被害の許容限度に天と地ほどの差がある。日本侵略が目前でも、米国は自国内のいかなる都市も核攻撃の犠牲にしないかもしれない、ということだ。 

 しかし、晋級SSBNが核ミサイルの先制使用のノリシロを持ったとしても、搭載する巨浪2号ミサイルの射程が8000キロ前後であれば、南シナ海で発射しても米国全土には届かない。SSBNは太平洋東進を強いられるが、自衛隊や米軍の支配海域で餌食になるリスクは冒さない。

 従って、近い将来、新型のSSBNと潜水艦発射ミサイルが開発され、精度・射程を向上させる。その時、核兵器の先制使用は現実味を一歩前進させ、中国の軍事的恫喝力を強める。

 今以上、にだ。

 核兵器を「持たず、造らず、持ち込ませず」をうたう《非核三原則》の再考を封印し、《核戦略体制の見直し=NPR》を「高く評価」した河野外相を批判する政治家は詰まるところ、中国の危ない軍事膨張を「高く評価」しているのである。