前橋・女子高生2人はねた85歳、暴走のワケ 高齢社会に突きつけられた「認知機能」と「恋愛」

衝撃事件の核心
事故に至る経緯

 ねじ曲がった自転車のサドル、散乱するノートや文具、横たわったまま動かない制服姿の2人の少女-。始業式の9日朝、自動車保有率と運転免許保有率が全国1位の群馬県で起きたショッキングな交通事故。前橋市北代田町の県道を登校中の女子高生2人が猛スピードで逆走してきた乗用車に次々とはねられ、重体となった。自動車運転処罰法違反(過失致傷)容疑で逮捕された川端清勝容疑者=同市下細井町=は85歳の高齢で、「気がついたら事故を起こしていた」という供述から認知症などが疑われたが、明確な兆候はなかった。ただ、頻繁に物損事故を起こして家族に運転をやめるよう説得され、「(車の)鍵を隠す」とまで言われていたのにもかかわらず、目を盗んで家を出た。向かった老人福祉センターには交際中の女性がいて、送迎役を務めていた。女性への思いが暴走の引き金になったのか。捜査当局は鑑定留置を決め、詳しい原因を探っている。(※1月20日の記事を再掲載しています)

接触事故後に逆走、次々とはね

 事故現場は、川端容疑者の自宅から直線距離で約550メートル。片側の幅3・2メートルの県道で、脇に白線で分けられた約1メートルの路側帯はあるが歩道は手前で切れている。午前8時25分、2人の女子高生は20メートルほどの間隔で、路側帯に沿って北に1・3キロの校門へと自転車で向かっていた。

 突然だった。黒いコンパクトカーは北へ向かう左車線を南へ逆走する格好で突っ込んできた。最初に市立前橋高校1年の太田さくらさん(16)を正面からはね飛ばし、民家のブロック塀に激突、横転しながら後方から来た同校3年の大嶋実来さん(18)を巻き込んだ。いずれも重体。進学先が決まっていた大嶋さんの命に別条はないが、最初にはねられた太田さんは16日現在も「会話できない状態」(関係者)という。

 川端容疑者は、2人をはねた現場の手前約130メートルの交差点で右折待ちをしていた車のサイドミラーにぶつかっていた。だが止まることなく対向車線に進入、逆走を続ける格好で事故現場に突っ込んでいった。防犯カメラがとらえた事故の映像から、逆走する川端容疑者は2人をはねるまでに4台の車とすれ違っている。正面衝突しかけた男性(74)は「ぶつかったていたら、どうなっていたか…」。現場の県道の制限速度は40キロだが、「70キロは出ていたと思う」と振り返った。

 低速で運転していた男性は、眼前に飛び込んできた黒い車に慌てて反対車線側にハンドルを切った。左横すれすれを猛スピードで走り抜けた黒い車をサイドミラー越しに確認すると、ブロック塀に衝突して激しく横転、2人の学生らしき女性が倒れていた。

目撃者は「最初の事故で逃げようとしたのでは」

 事故の瞬間、耳をつんざく衝撃音が周囲に響き、近くに住む男性(57)は仕事を投げ出し、外へ飛び出した。前部がぺしゃんこになった車に乗っていた川端容疑者と面識があり、驚きながら「大丈夫か?」と声をかけた。川端容疑者はあぐらをかくような格好で、もぞもぞと何か口にしたが、聞き取れない。命に別条はないと判断して周囲を見回すと、声を失った。血だらけの女子生徒が1人、もう1人の女子生徒も意識を失って倒れていた。119番通報し、駆けつけた姉とともに2人に毛布をかけ「頑張って」と呼びかけた。救急車の到着まで10分以上かかったが、救急隊員は少女たちに心臓マッサージを施し、急ぎ病院へ向かった。

 事故車両の中にいた川端容疑者は呆然とした様子で、直後の取り調べにも「気がついたら事故を起こしていた」と供述しているが、猛スピードで逆走しながら4台の車とは衝突を避けている。ある捜査関係者は、ハンドルを切っていた可能性があり、病気による発作などで気を失っていたわけではないと見る。

 さらに複数の目撃者は、右折待ちの車との最初の接触事故後、川端容疑者は逃走を図ったのではないかという。太田さんをはねた現場付近には葬儀場の入り口があり、地元住民だけが知る裏道へと通じている。「最初の接触事故後に車を止めて話し合おうとせず、逆に猛スピードで突っ込んできたのは、逃げていたとしか思えない。葬儀場を通り抜け、裏道で逃げようとしたのではないか」

「鍵を隠す」家族の宣言が裏目に

 川端容疑者は昨年10月、改正道交法に基づく認知機能検査を受け、第2分類の「認知機能低下の恐れ」と判定されたが、高齢者講習を受け運転免許を更新している。その後、物損事故をたびたび起こすようになり、家族から免許を返納するよう促されながら聞き入れず、運転を続けた。川端容疑者はかつて自動車修理工場を経営しており、「運転に自信があったのだろう」(知人)。

 年明け後、運転を控えさせると決意した家族は事故前日の8日、川端容疑者に「(車の)鍵を隠す」と宣言していた。しかし、結果的に裏目に出た。普段は午前10時から11時にかけて家を出ていた川端容疑者が、9日は家族の目を盗んで2時間も早く車で出発した。駐車場まで家族は追ったが、引き離されたという。午前8時すぎとみられ、登校時間とぶつかってしまった。

 「この日は体調も良くなかった。『(認知機能検査に)合格しても乗らないで』と何度も言ったのに…」。最悪の事態を招き、家族はいたたまれない思いに苦しんでいる。

 川端容疑者は毎日運転していたわけではなく、自宅から約5キロの「おおとも老人福祉センター」(同市大友町)に通う日だけハンドルを握った。家族が送迎を申し出ても断り、車で通い続けたセンターには、会いたい人がいた。

女性に会うためだったのか

 センターには大浴場やカラオケなど高齢者向けの設備が揃い、同世代が集うが、川端容疑者が通い詰めたのは「80歳近いけれど独身で、若々しい雰囲気の女性」(関係者)に会うためだった。関係者によると、女性との付き合いは8年ほどで、運転しない女性のために川端容疑者が送迎し、女性は川端容疑者の食事などを用意していたという。川端容疑者は息子夫婦らと同居していたが、妻とは事実上の別居状態。このため女性への思いを強めたのか。2人の親しげな様子を目撃した人もいるが、事故当日、女性と会うことになっていたかどうかは分かっていない。群馬県警も川端容疑者が女性に会うためセンターに通っていた事実を把握しており、事故との関係を調べているとみられる。

 家族によると、川端容疑者は年相応の物忘れなどはあったものの認知症を思わせる言動はなく、持病もないという。しかし取り調べでは事故直前の記憶はあいまいという。こうした状況が事故原因解明を困難にしており、昨年10月の認知機能検査以降、認知機能が低下した可能性も否定できないことから、捜査関係者は心身の状態と刑事責任能力の有無を調べるため鑑定留置が必要と判断したという。勾留期間中に、前橋地検は鑑定留置を請求する方針だ。

 群馬県の運転免許保有者数は昨年12月末時点で141万4675人。人口に占める保有率は全国1位の71・9%に上り、高齢ドライバーの数も多くなるが、県警や行政は高齢者の関連事故を防ぐため運転免許の自主返納を呼びかけている。その結果、昨年10月末現在で、75歳以上の返納者数は3654人と一昨年の2893人を上回った。県警によると、川端容疑者の事故以降、高齢ドライバーの家族から、免許返納も視野にいれた相談が急増しているという。昨年同月末時点で、川端容疑者と同じ第2分類の「認知機能低下の恐れ」と判定されたのは、9721人に上る。

(前橋支局 吉原実、住谷早紀)