議員年金復活 「地方議員は職業か否か」この議論が先だ 今井照

iRONNA発
議員年金の必要性を示唆している自民党の竹下亘総務会長=平成29年11月14日、国会内(斎藤良雄撮影)

 「若い議員は辞めたら生活保護だ。ホームレスになった人もいる」。自民党の竹下亘総務会長の発言が口火となり、かの悪名高い議員年金が復活するようである。「議員のなり手不足」が口実とはいえ、なぜこの議論がよみがえったのか。(iRONNA)

 議員年金復活の前に考えておかなければならないテーマがある。それは「地方議員は職業か否か」ということだ。廃止された国会議員の年金は国会法第36条に基づいて制度化されていたが、そこには「議員は、別に定めるところにより、退職金を受けることができる」と書いてある。要するに、給料の一種として年金が支給されていた。

 これに対し、同じく廃止された地方議員の年金は性格が違う。総務省に置かれた地方議会議員年金制度検討会の報告書によれば、「地方議員年金は、議員の職務の重要性等を勘案して政策的に設けられた公的な互助年金制度である」とある。

 つまり国会議員は「職業」として考えられていたのに対して、地方議員は「職業」として認識されてこなかった。それも当然だ。全国町村議会議長会の調査によれば、議員の平均報酬額は21万3141円。大卒初任給の平均とほぼ同じである。

 市民感情から見れば、議員報酬は安ければ安いほどよい。欧米の市町村議会の議員はほとんどが無償で、若干の交通費などが出る程度だといわれている。地域に住む普通の市民が仕事終わりに駆けつけて議会を開く。日本で言えば、町会の寄り合いやマンションの管理組合と同じという考え方もある。

サラリーマンと遜色なし

 そもそも地方議員が「職業」であるか否かは何を基準に考えるべきなのか。一つはどれだけの時間的拘束があるかだ。かつて福島県会津若松市議会では、議員定数と報酬のあり方を検討するために報告書をまとめた。それによれば、議員活動を時間に換算すると、年間1480時間(185日)になる。一般のサラリーマンの勤務日数は200日程度なので、ほとんど遜色がない。

 もう一つは、活動に対して適正な対価を得られるか否かという点である。これだけの時間的拘束を受けながら適正な対価が得られないとすると、別に収入がなければならない。実は地方議員に関するすべての問題はここにある。最初から議員になれる層が限定されているのだ。だから、市民にとって政治的に最も身近な存在であるはずの市町村議会でさえも遠い存在になる。

 ではどうしたらよいのか。はっきり言って前提条件から変えなくてはならない。前述の総務省検討会の報告書には、なぜ地方議員年金制度が破綻するのかという理由が2点書かれている。市町村合併が「見込んだ以上に大規模に進展した」ことに加え、「行政改革に連動した議員定数・議員報酬の削減が積極的に行われた」ことにより、年金財政が急速に悪化したとある。要は自分で自分の首を絞めたということだ。

日本は典型的な融合型

 地方自治のあり方には融合型と分離型がある。融合型というのは、自治体が国政の出先機関の性格を兼ねるもので、分離型というのは、国政は国の出先機関が執行し、自治体の役所は自治体本来の業務をすることだ。もちろん、どちらにもメリット、デメリットがある。日本の地方自治制度は典型的な融合型になっていて、国の影響力が強く、結果的に自治体やその議員の自由な裁量が制約されている。これでは議員という仕事に魅力が欠け、職業としても認められない。

 とはいえ、一気に地方自治制度を変えることは難しい。しかし、もう少し「分離型」の要素を増やし、バランスを回復する必要がある。ところが現在の国政はますます融合型を強めようとしている。「地方創生」の進め方もその一つだ。ここからひっくり返さないと、結果的に地方自治は衰退していく。地方議員を職業として考えるか否かの分かれ目は、実は地方自治制度をどのように考えるかというところにある。

 【プロフィル】今井照(いまい・あきら) 公益財団法人地方自治総合研究所主任研究員。昭和28年、神奈川県生まれ。東大文学部社会学専修課程卒。自治体職員や福島大教授を経て、昨年から現職。著書に『地方自治講義』『自治体再建』(いずれもちくま新書)などがある。

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