西郷隆盛 幕末維新の立役者は「工作員」だった? 倉山満

iRONNA発
明治31年に建てられた西郷隆盛銅像=東京都台東区の上野公園

 明治維新150年の節目、平成30年のNHK大河ドラマは「西郷どん」である。主人公、西郷隆盛は木戸孝允、大久保利通とともに維新三傑に挙げられる英雄だが、その波乱な人生から「幕末の功臣にして明治の賊臣」との評価もある。西郷隆盛とはどんな人物だったのか。知られざる実像に迫る。(iRONNA)

 私の近著『工作員・西郷隆盛 謀略の幕末維新史』(講談社)のタイトルを見て「清廉潔白で人格者の西郷さんが工作員? 何を考えているのか、イロモノ本か?」と思われたであろうか。そもそも西郷は近現代で伝記の発刊点数が最も多い人物だ。そして、明治以来現在まで、一度も不人気になったことがない英雄である。中には「全人類の中で最も偉大な人物は西郷である」と信じて疑わない人もいる。

 ただ、ここで言う「工作」とは、最近の流行語で言うと、「インテリジェンス」である。では、インテリジェンスとは何か。情報を収集し、分析することである。では、何のために情報を収集して分析するのか。自らの意思を相手に強要するためである。これをコントロールとも言う。コントロールには他に「支配する」などの意味がある。

斉彬の「お庭方」

 青年時代からこうした意識をもって勉学に励んでいたのが西郷である。11代薩摩藩主、島津斉彬に見いだされてからは「お庭方」(つまり工作員)として情報収集に励む。情報収集には、人間関係の構築が何よりだ。ここに青年期の勉学が生きた。江戸の教育は世界最高だったといわれるが、西郷はその知的空間の一員として活動した。のみならず、そのような知的階層こそが、維新へのうねりを生み出していく。

 とはいえ、若いころの西郷は、何をやってもうまくいくという才人ではなく、苦労も経験している。あるいは人間臭い面もある。たとえば、単身赴任の妻に家庭のもめ事を押し付け、自分は仕事と称して女遊びに励むなど。そして、主君斉彬の死、幕府の大老井伊直弼の大弾圧、二度にわたる島流しなどを経て、さらに自らの勉学を磨く。

 しかし不遇の地位にあっても、限られた情報を頼りに己の未来を描いていた。そして常に、「皇国」の運命を思っていた。インテリジェンスオフィサーとしての西郷の真価が発揮されるのは、こうした苦労を経て帰還してからである。西郷は、薩摩藩重役として、幕末政局で多くの謀略を主導する。

 そして西郷の復帰に尽力したのが大久保利通である。大久保は常に西郷を指導者として立てていたが、西郷の失脚により政治家として目覚め、そして西郷の帰還により政治的盟友として御一新へと突き進んでいく。しかし、障害があった。徳川慶喜である。慶喜は常に西郷や大久保らの前に立ちはだかった怪物政治家だった。文久の政変で薩摩を利用して政権を奪取して以降、朝廷・将軍家・幕府・諸大名、そして外国勢力をも変幻自在に操り、幕末政局の中心に位地した。

奇跡の「鳥羽伏見」

 最近、明治維新は誤りであったとの説が流布している。「慶喜こそ真に日本の指導者にふさわしく、慶喜に任せておけば当時最高の人材を網羅した政府ができたはずだ。それを吉田松陰の弟子たちの長州や西郷に率いられた薩摩らテロリストがぶち壊した」と。これは謬(びゅう)論である。そのような政権で、富国強兵、殖産興業、日清、日露戦争の勝利以上の成果が見込めたのか。既成勢力の寄せ集めなど、しがらみだらけで何もできまい。

 一方で、大久保には未来が見えていた。その大久保を支え、泥をかぶったのが西郷だった。大久保の智謀と西郷の実行。この二つが掛け合わされたとき、奇跡が起きた。鳥羽伏見の戦いである。西郷が3倍の敵の猛攻を支え、大久保が錦の御旗を翻したとき、徳川軍は雪崩現象を起こして潰走した。大久保にとっては国づくりの始まりだが、「工作員」としての西郷の人生はここに完結する。

 その後、2人は愛憎入り交じる中で悲劇的な最期を遂げることとなる。2人の行き違いは、討幕御一新をどのようにとらえたかの違いだろう。大久保にとって討幕は、政治家人生の通過点だったが、西郷にとっては終着点だったといえよう。

 【プロフィル】倉山満(くらやま・みつる) 憲政史家。昭和48年、香川県生まれ。中央大大学院文学研究科日本史学専攻博士後期課程単位取得退学。在学中から国士舘大で日本国憲法などの教鞭(きょうべん)をとる。現在、倉山塾塾長を務めるとともに、ネット放送局「チャンネルくらら」を主宰。著書に『嘘だらけの日英近現代史』(扶桑社)など多数。

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