市場移転、なお火種 築地再開発の影響で豊洲の観光拠点は見通せず どうする小池知事? 

 

 築地市場(東京都中央区)の豊洲市場(江東区)への移転問題は、当初の計画よりも約2年遅れで豊洲市場が開場することで決まった。しかし、小池百合子都知事が打ち上げた築地再開発の基本方針の影響で豊洲市場内の観光拠点の整備が見通せず、江東区が都に対して今年度中の整備の「確約」を注文する事態になっている。事業者は築地再開発の中身が分からない状況では判断できないとしており、市場問題はなお火種を抱えている。(社会部 高久清史、高橋裕子)

早くて平成32年以降

 平成29年12月18日、長谷川明副知事が開場日決定に向けた地ならしのために江東区役所を訪れ、山崎孝明区長に豊洲市場内の観光拠点「千客万来施設」の実現が不透明になっていることなどをめぐり陳謝したとされる。同施設は市場移転にあたって築地のにぎわいを豊洲に継承し、発展させることなどを目的としており、都が江東区に整備を約束していた。

 「年度内には(整備に向けて)しっかりとした確約をとれるようにすべきだ」。山崎区長は長谷川副知事に対して、強く要請したとされる。その後、江東区と区議会は同施設整備などを条件に30年10月11日の豊洲開場を了承した。

 都の募集で事業者に決まっている「万葉倶楽部」(神奈川県)は江戸の街並みを再現した飲食店街やホテルなどを整備する計画を立てており、当初は29年1月に建設工事を始め、30年8月からエリアごとに順次、開業するスケジュールを描いていた。

 しかし28年8月の移転延期決定、同9月の豊洲市場の盛り土問題発覚に続き、小池氏が今年6月に約2キロと近接する築地跡地を「食のテーマパーク」などとして再開発する基本方針を発表。“翻弄”された格好の同社は採算がとれなくなる可能性があるとして、「立ち止まって対応を検討せざるを得なくなった」(同社関係者)。

「和食振興施設」構想も

 同社は施設内の飲食店のテナント募集に向けた事前調査などもストップしており、事業からの撤退の可能性も排除していない。関係者によると、仮に整備に向けた準備作業を再開する場合、オープンは早くても32年以降にずれ込む公算という。

 焦点となる築地再開発の方向性は10月に始動した有識者の検討会議で話し合われている。小池氏が「夢のある姿を描いていきたい」として、事務方が当初提案した委員の人選の入れ替えを行ったとされ、食・文化・観光などに詳しい委員が名を連ねている。

 小池氏は29年11月24日の定例会見で「(千客万来施設を)最優先に整備する。築地再開発の『食のテーマパーク』は考え方の一つ」などと述べて軌道修正に含みを持たせたものの、その直後の会議で委員たちはフードコート、和食の研修センター、ホテルなどを備えた施設、和食振興施設といった構想を提示された。

 「食」を軸に再開発をするという議論の流れに変化はみられない。

「都の方針が決まらないと…」万葉倶楽部は困惑

 都は30年5月に同会議の結論を得た上で、30年度中に再開発の具体的な方針を決めるとしており、万葉倶楽部関係者は「都には『早く結論を出してくれ』と言い続けてきたが、それもむなしくなってきた。ただ、われわれも都の方針が決まらないと、判断できない」と困惑する。

 都幹部は「千客万来施設整備の『最優先』を実務的にどう担保するか考え、万葉倶楽部を説得していきたい」と強調するが、別の都関係者は苦渋の表情を浮かべる。

 「江東区から『早めのメド』を求められ、築地再開発の結論を待つのはむずかしい。しかるべきタイミングで万葉倶楽部にイエスかノーかの回答を求めざるを得ないのではないか」

 ■築地市場と豊洲市場=築地市場の開場は昭和10年。東京・銀座など大消費地に隣接し、全国から集まる水産物の取り扱い規模は世界最大級。多くの外国人が訪れる観光名所にもなっている。敷地は約23万平方メートルで、青果も扱う。老朽化し手狭になったことから、都は平成13年、江東区豊洲の東京ガス工場跡地への移転を決めた。28年8月の小池百合子知事による移転延期決定後、豊洲市場は建物下の盛り土がなかったことが判明し、地下水から環境基準を大幅に超える有害物質ベンゼンなどが検出された。小池知事は29年6月、追加の安全対策をした上で豊洲に移転し、築地の跡地は売却せず再開発する基本方針を表明した。