健康なうんちは“宝”だけど…薬なのか体の一部かそれが問題だ

びっくりサイエンス
研究者らは、糞便移植を患者がより安全に利用できる規制枠組みを提案している(c)Val Altounian/AAAS

 「糞便」は体内にあるうちは、きたないものではない。小エビを食べるときに見えることもあるが、魚でははらわたの一部でもある。きたないどころか、捨てるのももったいない腸内細菌が多く含まれている善玉菌の「宝庫」といってもいい。

 この糞便だが、他人のものを健康のために自分の腸に取り込む、いわゆる「糞便移植」がじわじわと広がっているという。

2013年に画期的研究成果

 きっかけの一つは、抗菌薬によって腸内細菌のバランスが崩れ、ディフィシルという菌が増殖して腸炎などを引き起こす「再発性クロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)」という病気の治療に著しい効果があったという2013年の報告だ。

 CDIは、米国と欧州連合(EU)を合わせて年間62万5000件の症例があり、米国では毎年1万4000人が死亡するという推計もある。報告によると、CDI患者の十二指腸に健常な人の糞便を経鼻チューブを通じて投与したところ、明らかな効果がある一方、重大な副作用はみられなかった。

 腸内バランスといえば乳業会社などがよく発信する健康のバロメーター。栄養を吸収する腸内の状態が整っている方が望ましいことは疑う人も少ないだろう。一部のヨーグルトに入っているビフィズス菌も母乳を飲む乳児の糞便から発見されたものだ。

 食品を摂取して腸内の状態を改善していくのもいいが、他人の健康な腸内細菌を一気に移して健康な腸を手に入れようというのが糞便移植だ。一般には、血のつながった家族の便から食物繊維などを取り除いたものを腸に注入して定着を試みる。国内でも医師の判断で治療に用いる「臨床研究」の範囲で取り入れている医療機関が散見される。

苦慮がみられる米国規制当局

 わずか4、5年前に登場した糞便移植だが、CDI以外の病気への効果もあるとみられ、医療関係者の期待は大きい。ただ、“珍物質”だけに、既存の医療制度の枠組みにはなかなか収まらない。

 糞便の大部分は水分だが、そのほかに食物の消化かす、死んだ腸内細胞、腸内細菌やその死骸などが含まれている。つまり、「薬」だとも、生体組織だともいえそうなのだ。

 薬であれば画一的な管理方法が取られるし、生体組織であれば皮膚や内臓と同じ管理が必要になる。糞便をどの分類に含めるかは、規制の出発点でもある。

 米国の当局は13年の当初からその規制の在り方について苦心してきた。

 まず13年5月に、食品医薬品局(FDA)は糞便物質を「生物学的製剤」として扱い、実用化には治験新薬申請や臨床試験などを求めていく方針を表明。しかし7月には一転、患者らの不満を受けて、CDIの治療のためであれば申請なしに施術できるとした。

 そして16年に、医師に糞便を配布するバンクに対して治験新薬申請を届け出ることを求める新たな案を示した。なお同案では、医師や病院の研究所が直接、糞便を収集し、ふるい分けて患者に施術する場合は治験新薬申請は強制されないとしている。

 しかし、バンクに治験新薬申請を求めることは、規制の強化である。年間で万単位の死者がいるとなれば本気で普及を促進する必要があり、そうでなければ患者の海外流出につながりかねない。

ほかの“珍物質”も

 米メリーランド大で「法律と健康プログラム」のディレクターも務める、ダイアン・ホフマン教授らは、この問題について、薬物規制や血液、ヒトの細胞・組織・内臓の規制などの枠組みから評価を行った。チームがまとめた政策提案は昨年12月の米科学誌サイエンスに掲載された。

 それによるとホフマン教授は、当局の方針案どおりだと、正面から糞便移植をしようとすると臨床試験の枠組みに入るため、比較対照側にまわった場合は偽薬しかもらえない。よって治りたい患者は医師の裁量に基づく手段を選び、親戚や知人の糞便を使用することになるが、それは感染症などの伝搬リスクを増加させると指摘。

 教授らの代替案は次の通りだ。糞便から得られる微生物は、薬物や「生物学的製剤」でなく生体組織であるという認識に立つ。その上で基本的に既存の血液や皮膚といったものと同様に、定期的な提供者の検査や製造プロセスの順守などで管理すべきだとしている。バンクには登録所への報告を求め、安全性と有効性に関する患者のデータを継続的に収集させることなどを求めている。これで規制と安全性のバランスを取れるという趣旨だろう。

 実は、うんち以外にも変わったものが病気予防に効果があることが分かってきた。女性器からの分泌物だ。帝王切開で取り出した新生児の皮膚や目、鼻、口を膣に入れておいたガーゼで拭くと、アレルギーが予防できるというのだ。実は、この場所でも普段からさまざまな菌がバランスをとり、悪い菌の繁殖から防いでいるらしく、本来、新生児は狭い産道を通るなかで鼻や口から理想的な多種類の菌を取り入れている。

 思いがけないものが私たちを守っていることが次々と分かってきているが、制度に阻まれて適用できないということがないよう柔軟な運用が求められている。(科学部 原田成樹)