エルサレム問題 なぜトランプは「世界の常識」を覆したのか 中岡望

iRONNA発
トランプ米大統領(右)と辞任が明らかになったパウエル大統領副補佐官=9月、ホワイトハウス(ロイター)

 中東は再び「世界の火薬庫」に逆戻りするのか。トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都と宣言し、波紋が広がっている。常識を覆す決定に各国は反発を強めるが、なぜこのタイミングだったのか。トランプ氏の真意を読み解く。(iRONNA)

 イスラエルは現在、政府と議会、最高裁をエルサレムに置き、実質的にイスラエルの首都として機能を果たしているが、大使館を置いている国は一カ国もない。エルサレム問題はイスラエルとパレスチナの対立の核心であり、和平交渉を阻害することになると考えられていた。だが、トランプ大統領は、そうした「世界の常識」を大きく変える決定を行ったのである。

 そもそも米国大使館をエルサレムに移すというのはトランプ氏の選挙公約であった。一部のメディアは、彼の支持基盤であるユダヤ系アメリカ人とエバンジェリカル(キリスト教原理主義者)に対する配慮があったと説明している。エバンジェリカルは聖書に基づき、神はエルサレムをユダヤ人に与えると考えており、エルサレムをイスラエルの首都として承認することを求めていたからだ。

 だが、トランプ氏が支持基盤にアピールするためという理由だけでは、世界中の反発が予想される決定をなぜ行ったのか、十分に説明はできない。いつもの「気まぐれ」と判断するのも単純過ぎるだろう。決断するには、何らかの根拠があったに違いない。

「ショック療法」

 トランプ氏が声明の中で触れているように中東和平交渉は行き詰まっていた。従来のやり方では打開策は見つからない状況にある。そうした状況に一種の「ショック療法」を行ったとの見方もある。ただ、ショック療法は大きなリスクを伴う。中東和平交渉で米国は中立的な役割を果たし、「正直な仲介者」とみられてきた。

 だが、トランプ氏の決定は、米国がイスラエル側に立つことを意味する。そうしたリスクを冒してもよいという判断があったのかもしれない。そのカギを握るのが、中東情勢の変化である。

 現在、中東諸国にとって最大の脅威となっているのは、イスラエルではなくイランである。米誌『Commentary』の上席編集者、ソーラブ・アーマリ氏は「中東の多くの国はイランに対抗する潜在的な同盟国としてイスラエルに期待している」と、中東情勢の変化を指摘している。

 中東諸国の中でイスラエルとの関係を強化する代表格はサウジアラビアである。米紙『ニューヨーク・タイムズ』によれば、11月にパレスチナ自治政府のアッバス議長はサウジアラビアを訪問し、サルマン皇太子と会談を行っている。その際、皇太子は和平案を提案している。その中に東エルサレムはパレスチナに返還しないとの項目が含まれていた。

 さらに、パレスチナ難民の帰国を認めないなど、パレスチナにとって厳しい内容も含まれていた。サウジはこうした厳しい条件をパレスチナに示す見返りに潤沢な経済援助を行う提案をしている。ただ、両国とも、そうした報道を否定している。だが、アーマリ氏は「アラブの主要国にとってイスラエル・パレスチナ和平交渉よりも反イラン同盟の方が重要になっている」と指摘している。

政権内の確執?

 アッバス議長は高齢化し、パレスチナ内における影響力も低下している。先の見えない和平交渉をどこかで打開したいとの気持ちもうかがえる。一方、米国内でもパレスチナに対する援助打ち切りの法案が提出されている。膠着(こうちゃく)状況の和平交渉を打開し、前進させるためには、従来のやり方では通用しなくなっていることは明らかである。

 最後に、一つだけ気になる事柄を指摘しておく。それはトランプ政権の中東チームで唯一の非ユダヤ人であるパウエル大統領副補佐官が辞任を発表したことだ。もしかすると、トランプ氏の政策や中東チーム内の政策をめぐり確執があったのかもしれない。とすれば、トランプ氏の行動は熟慮を重ね、中東情勢の微妙な変化を読み取ったものとはいえなくなるかもしれない。

 【プロフィル】中岡望氏(なかおか・のぞむ) 東洋英和女学院大大学院客員教授。国際基督教大学卒、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)を経て、東洋経済新報社に入社し、『週刊東洋経済』編集委員などを歴任。ハーバード大客員研究員やワシントン大学(セントルイス)客員教授なども務めた。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。

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