過激アーティスト「スプツニ子!」を准教授に迎えた東大の狙い

びっくりサイエンス
東京大学特任准教授に就任した「スプツニ子!」こと尾崎マリサさん(原田成樹撮影)

 「スプツニ子!」と言えば、性や生命倫理などをテーマとした“きわどい”音楽・映像作品で知られるアーティストだ。このほど東京大学生産技術研究所(生研)が、同氏を特任准教授として迎えた。東大の狙いはどこにあるのか-。

 まず、スプツニ子!さんについて簡単に紹介したい。本名は尾崎マリサ優美。1985年に東京で生まれた日英のハーフだ。英ロンドン大学インペリアル・カレッジ数学部を卒業後、美術系大学院大学のロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)で修士課程を修了。男子が女装だけでは飽きたらず、女性が毎月体験するあの痛みを再現する器具を装着するストーリーを描く「生理マシーン、タカシの場合。」など数々の過激な映像作品を生み出し、世界各国で受賞に輝いている。2013年には米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボに助教として採用され、アートと科学の境界で活躍してきた。

 そんな彼女が特任准教授として就任したのは、RCAと共同で昨年12月に生研内に設立された「デザインラボ」。今月には、生研の付属研究施設として「価値創造デザイン推進基盤」が発足し、加飾にとどまらないデザイン(設計)の観点から教育、研究、開発に変革を促す取り組みが本格化した。

 そもそも、生産技術研究所は、戦時中に軍需産業の技術者養成を目的に設立された「第二工学部」を前身とし、日本で最初にロケットの発射実験を行ったことでも知られる。工学のほぼ全領域の技術をカバーするスペシャリスト集団だ。

技術力だけでは勝てない

 ところが、自ら一翼を担ってきた日本のものづくりの低迷が叫ばれて久しい。ソニーの携帯カセットプレーヤー「ウォークマン」こそ日本発だが、米アップルのスマートフォン「アイフォーン」、米アイロボットの掃除ロボット「ルンバ」など、最近では海外企業の企画・構想力に、技術で勝ると自負するわが国の企業が席巻されている。この事態を重くみて、「プロダクトマネジメント」ができる人材の育成に向かって立ち上がったというわけだ。

 生研では、昨年12月からデザインラボで、大学院の学生らによるプロジェクト型の開発研究が始まった。また、今年7月には企業4社と産学連携フォーラムも作り、構想を実現へと移す手法の在り方も探っている。

 基盤の発足は、こうした取り組みをいよいよ生研全体で体現しようというもので、(1)1人の天才の発想力に頼るのではなく「価値創造プロセス」というべき方法論を開発すること(2)産学官民の共創の場の創出(3)領域を超える人材の育成(4)ものづくり基盤技術の深化-に取り組んでいく。

未来の議論を促す

 スプツニ子!さんの起用について、生研の藤井輝夫所長は、「あるテクノロジーが出てきたとき、社会に対してどのような意味を持ちうるのかは常に意識すべきであり、形にすることでディスカッションが巻き起こる。そういうことを通して、私どもも方向性を見いだすこともできる。テクノロジーも社会への波及効果を積極的に考える必要があり、刺激的にその部分を意識された作品をやっておられる尾崎さんと、ぜひ一緒に活動しようとなった」と趣旨を語る。

 スプツニ子!こと尾崎特任准教授は「私はデザインが主導する社会というものに興味がある。デザインを通してこんな未来があるけれども、あなたはどう考えますかと議論を促していくが、そういうものは賛否両論になることが多い」と話す。MITでは、人工多能性幹細胞(iPS細胞)の技術を使えば女性から精子が作れ、同性同士で子供が作れるかもしれないことや、実験動物が問題になっているが、痛みや苦しみを感じないマウスを遺伝子組み換えで作れば倫理的なのかというような問題を投げかけてきた。

 今後の意気込みについて「バイオテクノロジーだったり、人工知能(AI)だったり、技術が進むなかで、価値観がどんどん変わっていく可能性がある。ビジネスだからとどんどん出していくのではなくて、もう少し先を見据えて議論することが研究にとってもビジネスにとっても非常に大事だ。とくにイノベーションと一心同体の法律や規制に関心があり、法学の学生と、法律とテクノロジー、デザインの3視点で新しい世界を提案して先導していきたい」と述べた。

 単なる“美人タレント”の起用による大学の話題づくりではないことが、語り口から伝わってくる。ちなみに尾崎さんが卒業したインペリアル・カレッジは英国の権威ある世界大学ランキングの2018年版では8位、前職のMITは5位で、東大(46位)、京都大(74位)などは大きく水をあけられている。

 来年度からは、東大の1、2年生が選択できる実習講座も開催される予定。ぜひとも、スマホのように「なかった頃には戻れない」高い価値のある製品・サービスを生み出せるよう、日本の若者の先導をお願いしたい。(科学部 原田成樹)