芸能人の労働問題 「奴隷契約」を公取委のメスは是正できるか 杉江義浩

iRONNA発
所属する芸能事務所に契約の解除などを求めて提訴し、記者会見する元アイドルの女性=14日、東京・霞が関の司法記者クラブ

 ライブを中心に活動する「地下アイドル」と呼ばれるグループの元メンバーが、当時所属した芸能事務所に対し、契約の無効確認や未払い賃金の支払いを求め東京地裁に提訴した。昨年解散した元SMAPやタレントのローラなど、芸能人の移籍や独立をめぐるトラブルはなぜ後を絶たないのか。(iRONNA)

 芸能人が所属事務所とトラブルになるケースが増えています。そして両者が交わす契約などの問題点を検証する有識者会議を、公正取引委員会が今年8月から始めました。独占禁止法に抵触しないか調べるためです。これは長年にわたって「特殊な世界」として放置されてきた日本の芸能界に、初めて行政のメスが入ることを意味します。

 「専属芸術家統一契約書」。この一通の書類は、普通の人はまず目にすることはありません。これは日本の芸能プロダクションの間で使われていて、タレントと芸能事務所、両者の権利関係がこれで決まるわけですが、この統一契約書の内容に、そもそも問題があると指摘する弁護士もいます。

 平成元年改訂版の中にはタレント側が事務所を辞めるときには、事前に事務所からの書面による承諾を必要とする、といった規定があります。これは事実上、事務所側がOKしなければタレントは永遠に移籍も独立もできないという意味ですから、たしかに事業者と事業者の対等な関係とはいえないでしょう。

共犯者はテレビ局

 もちろん芸能プロダクション側の言い分もわかります。タレントが売れない頃から多くのお金と時間をかけて、プロとしての心得やマナーを教育し、多大な広告宣伝費を投資するわけです。それがいざ売れっ子になった途端に辞められたのでは、資金を回収できずにたまったものではない、という主張です。そのリスクの一部を事務所が引き受けているのは事実ですが、だからといって売れたタレントを生涯支配し続けてもよい、という根拠にはなりません。

 もう一点、契約の問題とは別に、大手芸能プロダクション数社が市場を独占しているのではないか、という疑惑も表沙汰になるかもしれません。いわゆる「闇カルテル」です。私はむしろこの問題こそ、日本の芸能界のダークな部分であり、必要があれば行政がメスを入れるべきテーマだと考えます。

 ネット上では既に大いに語られていますが、テレビのワイドショーでは決して話題になることがない「タレントの誰々が事務所からの圧力によって仕事を干されている」といった情報。テレビ局がなぜそういう情報を発信しないのかというと、テレビ局自体も大手芸能プロダクションの意向に気をつかい「仕事を干す」片棒を担いでいる共犯者であるからです。

 売れっ子の大物芸能人を出演番組から引き揚げさせる、という脅しをかけられると、民放各局は反抗することができません。それくらい現在の番組の視聴率は、出演者の人気に依存しています。人気のある芸能人の名前を冠した番組が、軒並み視聴率を稼いでいることから、発注側のテレビ局と受注側の芸能プロダクションの力関係が逆転しているのです。

相当な難問

 今回の公正取引委員会による芸能事務所への介入は、旧態依然とした日本の芸能界特有のシステムを見直し、時代に即した健全な業界へと生まれ変わらせる大きなチャンスであることは事実です。

 これまでの日本の芸能界は、いわば「仁」「義」「礼」といった日本人らしい美徳を基本にして、その伝統的な倫理観によって成り立ってきた社会といえるかもしれません。それを対等で合理的な契約関係へと生まれ変わらせることが、今、求められているのです。

 タレント側に育ててくれた事務所に対する「義」の心を求めるのなら、事務所側には、広く世のため人のために巣立つ子供を見送る親心「仁」の精神が不可欠でしょう。こういった美しい日本の心を失うことなく、時代に合った新しい芸能界のあり方を策定するのは、相当な難問だといえそうです。

 このあたりをどう処理するのかが、有識者会議の腕の見せどころであり、注意深く見守っていきたいと思います。

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 ■杉江義浩(すぎえ・よしひろ) ジャーナリスト、放送プロデューサー。昭和35年、東京生まれ。神戸大文学部卒。NHKで「NHKスペシャル」「天才てれびくん」「週刊こどもニュース」を担当。著書に『ニュース、みてますか?』(ワニブックスPLUS新書)など多数。