EU離脱交渉が現代版「英仏戦争」の様相に 英国の前に立ちはだかる仏出身交渉官

岡部伸の新欧州分析
第6回交渉が行われたブリュッセルで11月10日、記者会見するEUのバルニエ首席交渉官(右)と英国のデービスEU離脱担当相(AP)

 大方の予想通り、英国と欧州連合(EU)の離脱交渉は難航している。決裂して経済活動や国民生活が混乱するリスクが現実味を帯びている。停滞理由として、求心力が低下するメイ英首相の指導力不足が挙げられるが、柔軟なアプローチを求める英国の要請をかたくなに拒むEUの非妥協的スタンスにも責任の一端がある。敵意丸出しで譲歩を迫るEUの首席交渉官、ミシェル・バルニエ元フランス外相(66)は、その旗頭だ。

決裂も辞さず

 「英国に対する宣戦布告」。仏メディアがこう報じた通り、バルニエ氏は、「アングロ・サクソン式」の自由市場モデルに敵対する交渉姿勢を貫いている。

 「年内に貿易協議入りを決断するには、2週間以内に拠出金で明確な方針を示す必要がある」。ブリュッセルで10日まで開かれた第6回交渉。バルニエ氏は英国側に圧力をかけた。

 「英国は貿易交渉開始に精算額を提示する必要はない」。英国のデービスEU離脱相が反論すると、すかさず「決裂の可能性に備えた計画にとりかかる必要がある」と脅しをかけた。

 7月に始まった第1回交渉では「悪い合意よりは、合意しない方がましだ」と強弁するメイ氏を、「公正な合意は可能だ。合意しないよりはるかに良い」といさめて冷静だった。

 しかし、9月の第3回交渉後の発言が英国側の感情を逆撫し、物議を醸した。「離脱に伴う重大結果を英国民は十分説明を受けていない。われわれ(EU)が、単一市場脱退が何を意味するか教えてやる」と見下したためだ。

EU内の不協和音、英の不信感

 10月の第5回交渉では意図的に交渉決裂させようとしているともとれる発言があった。

 「交渉は行き詰まった」と記者会見で3度も繰り返し、進展なしとの悲観的な見方を示し、「合意なき離脱」のリスクが高まり、英ポンドは続落した。

 しかし18日後、ブリュッセルで開催されたEU首脳会議後、EUのトゥスク大統領は、バルニエ氏の発言を否定した。

 「『行き詰まり』報道は誇張。貿易協議開始に十分ではないが、進展がないわけではない。EUと英国は親善ムードだ」

 ドイツのメルケル首相も「交渉は一歩ずつ進んでいる。成功しないことを示す兆候は一切ない」と前向き評価した。

 「離脱金を支払うと言うまでテコでも動かない。交渉を長引かせた末、『進展はなかった』と発言するのはふざけている」。デービス氏がこう語るように、英国ではバルニエ氏への不信感が高まっている。保守党のハナン欧州議会議員は「(バルニエ氏は)古臭い欧州統合主義者。EUを一つの国にしたがっている」と批判する。

 またバルニエ氏に代表されるEUの非妥協性について、保守党のヘイグ元党首はテレグラフ紙への寄稿で、「交渉成功を妨げているのは、政策を変更しないEUの伝統的な柔軟性の欠如だ。離脱理由の一つがこのEUの柔軟性欠如だった」と批判。さらに、「ギリシャ危機でも、同国のバルファキス財務相はユーロ圏各国財務相からECB(欧州中央銀行)総裁、メルケル氏とたらい回しにされ、『誰と交渉すればよいか分からなくなった。誰も責任を持って政策変更しない非妥協性の壁に直面した』」と非難した。

「100年に1度の好機」

 バルニエ氏のフランスが最強硬なのには理由がある。金融機関はEU加盟国で免許取得すれば、域内で営業できる「単一パスポート制度」がある。離脱すれば、英国で利用できなくなるため、パリをロンドンの金融街シティに代わる金融センターにしようと、フランスは「100年に一度の好機」と国を挙げて各金融機関に秋波を送っている。

 仏政府が企業誘致のため作成した「パリの金融センター化へのわが国の野望」には、法人税率を33%台から22年までに25%へ引き下げることなどが書かれ、フィナンシャル・タイムズ紙は、「フランスには離脱で英国の金融を『積極的に混乱させ、破壊する』企みがあり、マクロン仏大統領は離脱に伴う雇用増による経済改革をもくろむ」と報じている。

 英国では、こうしたフランスの国家戦略を背景にバルニエ氏が意図的にクリフエッジ(合意なしの離脱)を目指しているのではないかとの観測が出ている。

 ドーバー海峡を挟んで隣接する英国とフランスは、互いに対抗心を持って、常に微妙な関係にあった。

 第一次、第二次世界大戦では同盟国として共にドイツと戦ったが、欧州統合の牽引役を自負するフランスとEUに懐疑的な英国は、英国の離脱をめぐって再び緊張感のある関係となった。ジャンヌ・ダルクが「救国の乙女」として活躍した「英仏百年戦争」(1337~1453年)が現在も続いているかのようだ。

各国首脳と直接交渉論も

 英国では、正念場となる12月のEU首脳会議を前に、局面を打開するには、硬直なバルニエ氏を介さず「27カ国の首脳と直接交渉すべき」(ヘイグ氏)との声も出ている。英紙タイムズによると、メイ氏は15日、首相官邸にメルケル氏の盟友で欧州議会最大会派を率いる有力議員、マンフレート・ウェーバー議員を招き、「拠出金」について協議した。

 合意無き無秩序な離脱は、欧州を混乱させ、世界経済に打撃を与える。多くの日本企業が英国を欧州事業の拠点とする。日本企業活動への影響を最小限に食い止めるには、激変緩和のための移行期間や新たな自由貿易協定(FTA)が設けられるようにバルニエ氏らEU側の柔軟な交渉姿勢が必要だろう。 

 オランダやフランス、ドイツの選挙では「反EU」の大衆迎合政党は支持されなかった。英国に続く新たな離脱の動きは出ていない。制裁の意味で英国を追い詰めなくとも、遠心力は働かない。英国のみならずEUにも歩み寄るだけの度量を見せてほしい。(ロンドン支局長)

ミシェル・バルニエ 1951年、仏東部イゼール県生まれ。名門のパリ高等商業学校(ESCP)卒。27歳で共和国連合(現・共和党)から国民議会議員に初当選。欧州問題担当相、外相などを経て、2010年に欧州連合(EU)の欧州委員会委員に就任。16年から英国のEU離脱問題をめぐるEU側首席交渉官。

英国のEU離脱問題 2016年6月、英国がEUから離脱するべきか残留するべきかを問う国民投票が行われ、約52%が「離脱」を支持した(投票率約72%)。この結果を受け、当時のキャメロン首相が辞任し、メイ政権が誕生。メイ首相は6月、離脱交渉に向けた政権基盤強化のためとして総選挙を実施したが、与党・保守党は過半数割れした。英国のEU離脱は、英国(Britain)と「離脱」を意味するexitを合成した「ブレグジット(Brexit)」とも呼ばれる。