祝J1昇格!「アジアの大砲」高木琢也だけじゃない “ドーハ世代”の多士済々

スポーツ異聞
J1初昇格を決め、胴上げされる長崎・高木監督。ドーハの悲劇組が日本のサッカー界を支える

 サッカーJリーグ2部(J2)のV・ファーレン長崎がついに、1部(J1)昇格を果たした。

 11月11日、トランスコスモススタジアム長崎で行われた讃岐戦に3-1で快勝、自動昇格圏内を確保した。J2初年度の2013年以降、昇格プレーオフで2度、昇格に失敗。“3度目の正直”で、J1入りに成功した。

 長崎といえば、あの通信販売大手ジャパネットホールディングス(本社・長崎県佐世保市)が有名だが、創業者の高田明氏(69)が今年4月、社長に就任して以降、経営的に安定した。いわば、高田氏は昇格の功労者だが、もう1人の功労者は、言わずと知れた現役時代「アジアの大砲」として名をとどろかせた高木琢也監督(50)である。

 昇格を決めた後、選手たちの手で、大きな体が何度も宙を舞った。

 高木氏は長崎県南島原市出身で、高校サッカーの強豪・国見高(長崎)を経て、サンフレッチェ広島、ヴェルディ川崎(現・東京V)でプレー。184センチの長身を生かした空中戦と豪快なシュートが持ち味だった。日本代表では1992年、広島アジア杯決勝のサウジアラビア戦で鮮やかなゴールを決め、チームを初優勝に導いたのは“伝説”になっている。

 94年ワールドカップ(W杯)アジア最終予選の日本代表メンバーにも選ばれ、あの“ドーハの悲劇”も経験した。

 その高木氏が過去、横浜FCをJ1に昇格させた後、故郷・長崎の監督に就任したのが2013年1月。大きな体とは対照的に、緻密なデータサッカーを駆使し、5年でJ1初昇格を果たしてみせた。

 ドーハの悲劇といえば、2020年東京五輪の男子監督に就任したばかりの森保一(もりやす・はじめ)氏(49)もそうだ。広島時代に3度もJ1制覇を果たすなど、今や名将の1人として知られるようになった。くしくも、森保氏も長崎県出身(出身校は長崎日大高)。高木と同じ時期にJ1広島でプレーした経験がある。守備的MFというポジションを有名にした。

 ドーハ組は他にもいる。DFとして「アジアの壁」として知られた井原正巳(まさみ)氏(50)は、アビスパ福岡監督を務める。パワフルなドリブルが持ち味だった長谷川健太氏(52)は清水エスパルス、ガンバ大阪で監督を務め、栄冠に導いた。アルビレックス新潟監督だった黒崎久志氏(49)もそうだ。

 長い髪を振り乱して走り回った「キーちゃん」こと北沢豪(つよし)氏(49)は今や日本サッカー協会理事、日本障がい者サッカー連盟会長の要職にある。

 おっと、忘れてはいけない。「カズ」の愛称で親しまれる三浦知良(かずよし)氏は50歳の今でもJ2横浜FCでプレーする“レジェンド”だ。「ゴン」のニックネームで知られる中山雅史氏(50)は一度は引退したが、J3のアスルクラロ沼津で選手生活を送っている。

 まさに、多士済々の面々。日本サッカー界の屋台骨を支えている。