教育無償化 高等教育の無償化は「天下の愚策」である 米山隆一氏

iRONNA発
教育無償化などについて検討する「人生100年時代構想会議」の初会合であいさつする安倍首相(中央)=9月11日、首相官邸

 安倍政権が選挙公約に掲げた教育無償化の議論がスタートした。高等教育に加え、幼児教育の無償化も議論の対象となったが、聞こえがよい政策には賛否も渦巻く。「大学全入時代」の今、誰もがタダで行ける制度など本当に必要なのか。(iRONNA)

 今回の衆院選では政党の離合集散が大きな話題を集め、政策論争はいつの間にか忘れ去られてしまいました。しかし、そもそもの解散の理由が消費増税分の教育目的への転換とされ、ここにきて安倍晋三首相も私立高校無償化の検討を表明しました。

 まず、極めて当然のことですが、仮に何のコストを払うことなく教育を無償化できるなら、それに反対する人はいません。しかし、そんな魔法のような話はないわけで、教育に限らず、「〇〇無償化」のコストはもちろん、税金から支払われます。したがって、教育無償化の是非は、教育を受ける本人ではなく、「税金」という形で社会全体が負担すべきか否かで決せられるということになります。

 現在、わが国においては、義務教育である公立の小学校、中学校は無償化されています。誰もが共通の基本教育を受けることで、国民全体の能力が高まり、社会全体が利益を受けることになるので、これに異論のある人はほとんどいないものと思います。

 ただ、日本の税収(国税)は毎年ほぼ50兆円で変わらず増える見込みはありませんから、教育を無償化するには、他の用途に使われていた税金を教育無償化に使うか、増税するかの二つに一つしかありません。

 タダより高いものは…

 かつて日本には、「教育無償化」ならぬ「老人医療費無料」という政策がありました。昭和48年、高度成長によって毎年伸びる税収を背景に、当時の田中角栄内閣が70歳以上の医療費を無料にしたのです。

 しかし、「無償」の効果は絶大でした。何せ「タダ」です。70歳以上の高齢者は、それこそかすり傷一つどころか、「日々の健康診断」という感覚で病院を受診し、病院が高齢者のサロンと化したのです。結果は、高齢者医療費の急激な増大とそれによる保険財政の圧迫であり、これに耐えられなくなることを危惧した大蔵省(現財務省)が主導して、老人医療費無料という政策は、わずか10年で幕を閉じることとなったのです。

 つまり、老人医療費無料、教育の無償化に限らず、「〇〇無償化」という政策は、それ自体によって、それまで存在していなかった需要、しかも本来なら必要とはいえなかった需要を引き起こしてしまう可能性があるのです。

 主に日本維新の会が提唱している高等教育(大学)無償化を例にとって考えましょう。現在日本の大学進学率は54%で、その無償化に必要な額は約4兆円といわれています。

 しかし、無償となれば、この大学進学率が80%近くまで跳ね上がることは容易に予想されます。その過程で現在の大学のみならず、さまざまな事業者が高等教育に参入し、現在大学に行っていない学生たちのニーズに応えようとするでしょう。

 しかも、大学進学率54%の現在でさえ、率直に言って、九九やアルファベットを授業で教えている大学が存在します。教育無償化によって、「高等教育」とは名ばかりのモラトリアム享受機関になることもまた、相当程度の確率で予想されます。

 多元方程式

 要するに、教育の無償化は次のような多元方程式を解かなければならない、極めて複雑な問題だといえるでしょう。(1)幼児教育、高校教育、大学教育、大学院教育、社会人教育のどの教育を無償化するのか(2)その教育の無償化は全員が受けるものか、内容が公的に決まっているものか、社会全体が利益を得るものか(3)その財源はどうやって確保するのか(4)仮に(1)~(3)がクリアされたとしても、教育の無償化それ自体によって、議論の前提が変わってしまうのではないか。

 各党においてはぜひ、聞こえがよい政策だけを打ち出すのではなく、4つの論点をきちんと整理して議論をしていただきたいと思います。それこそが「次世代のために適切な政策をする」ということなのですから。

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 【プロフィル】米山隆一

 よねやま・りゅういち 新潟県知事。昭和42年、新潟県生まれ。東大医学部卒。ハーバード大学付属マサチューセッツ総合病院研究員、東大先端科学技術研究センター医療政策人材養成講座特任講師、弁護士法人代表などを経て、平成28年10月から現職。