不振続く石川遼に明日はあるのか!? 米ツアーのシード権逃し、日本オープンはプロ初の予選落ち  

スポーツ異聞
ショットをミスし悔しがる石川。相性のいい日本オープンでも予選落ちに終わった(中島信生撮影)

 どうしたのだろう。もはや18歳の史上最年少年で賞金王に就いたかつての輝きは取り戻せないのだろうか。

 10月15日に閉幕した男子ゴルフの日本一決定戦、日本オープン選手権(岐阜県岐阜関CC=7180ヤード、パー70)に出場した石川遼(26)が通算9オーバーの97位という散々なスコア、順位で予選落ちした。初日は72の61位でスタート。巻き返しを期待された2日目はさらに悪く、2バーディー、7ボギー、1ダブルボギーと出入りの激しいゴルフで77と大乱調。石川の77は、パー70の国内ツアーでは2番目に悪いスコアで、かなり深刻な事態ということが分かる。

 2013年から本格的に参戦していた米ツアー。しかし、思うような成績を残せず、下部ツアーの入れ替え戦でも上位25位に届かず、2017~18年の出場権を失った。心機一転、昨季の最終戦「日本シリーズJT杯」(昨年12月)以来となる国内ツアーに臨んだが、現実は厳しいものだった。

 優勝したのが、かつてライバルとしてしのぎを削った池田勇太(31)。通算8アンダーで3年ぶり2度目の日本一に輝いた。2位に入ったのがアマチュアの金谷拓実(19、東北福祉大1年)。アマでは90年ぶりの優勝は成らなかったが、主役交代を印象づける形になった。

 石川がプロ転向して以降、日本オープンで予選落ちはなかった(アマ時代には予選落ちを1度経験)。優勝もなかったものの、2位が2度、あとは7位、8位、18位、35位と上位に入ることが多く、「相性のいい大会」だっただけに、ショックは少なくない。

 大会でギャラリーの人気を独占したのは石川だった。初日は、小平智(28)らと同じ組でラウンドし、出だしの1番(パー4)こそ、バーディー発進となったが、その後はティーショットが乱れ、8番(パー4)でティーショットを右の林へ。OBとなりダブルボギーをたたいた。結局、バーディーを2つ奪ったが、2ボギーにダブルボギーもあり、2オーバーとなった。

 2日目は、インスタートの10番(パー4)で、いきなりティーショットを右に曲げてラフに入れてしまいダブルボギー発進。後半は、1番(パー4)から3連続ボギーをたたくなど、ショットが安定しなままに終わった。

 大会後、「あまりにスイングが悪すぎる」と自嘲気味に課題を口にした石川。事態は深刻だ。インパクトの際に手元が浮く悪い癖がさらに悪くなっている、という。

 内容の悪さに専門的なコーチなどについて指導してもらい、根本から修正する必要があるのでは-との声もある。

 次戦は19日に開幕するブリヂストンオープン(千葉・袖ケ浦CC袖ケ浦C)。さらに、26日からは「マイナビABC選手権」(兵庫・ABCGC)に出場予定だ。年内は国内を舞台にプレー、年明けから1月に開幕する米下部ツアーに挑戦予定だ。どん底からはい上がり、再び、米ツアー出場権を手にすることができるか。

 折しも、米ツアーでは新シーズンが始まっており、10月15日まで行われたCIMBクラシック(クアラルンプール)で松山英樹(25)は今季初戦を5位と健闘した。同学年の石川も、負けてはいられない。

 まだまだ屈指の人気を誇る遼クンが活躍するとゴルフ界は盛り上がる。まだ、26歳で老け込む年齢ではない。復活し、日米の各ツアーで活躍する姿を見たいものである。

 ■石川遼(いしかわ・りょう) 1991年9月17日、埼玉県生まれ。2007年東京・杉並学院高1年時にアマで出場した「マンシングウェアオープンKSBカップ」で史上最年少優勝を果たし、「遼フィーバー」を巻き起こした。翌年プロ転向。09年には年間4勝を挙げ最年少賞金王に輝いた。13年から米ツアーに本格参戦。17年は賞金ランク177位でシード権を失い、下部ツアー入れ替え戦で来季出場権獲得を目指したが、かなわなかった。16年に幼なじみと結婚した。175センチ、72キロ。