トランプ米大統領は核使用を「核のボタン」ではなく「ビスケットとフットボール」で命ずる!?  

野口裕之の軍事情勢
手を振りながら大統領専用機エアフォースワンに乗り込むトランプ米大統領=8月22日、米アリゾナ州ユマ(AP)

 米大統領選挙期間中、民主党候補ヒラリー・クリントン前国務長官は米サンディエゴで行った演説で、「(共和党候補だった現大統領ドナルド・)トランプ氏の指を『核のボタン』の近くに置いていいのか」と、核兵器発射権限を託する大統領として不適格だと批判し聴衆をあおった。対するトランプ氏は「『最終手段』以外に核兵器を使うつもりはない」と反論した。米国と北朝鮮との「決戦」が迫る中、今次小欄は大統領に成りそこねたヒラリー氏の『核のボタン』に関する誤認識を検証する。『核のボタン』など存在しないのだ。

広島を訪れたオバマ大統領の横にも黒光りする「フットボール」が

 その前に、トランプ氏が19日に初めて行った国連での一般討論演説に触れたい。トランプ氏は北朝鮮に対し言い切った。

 「ならず者体制」

 米国のジョージ・W・ブッシュ大統領も同じ言葉を使っている。大量破壊兵器保有の有無を国際社会に明確に説明しなかったイラクのサダム・フセイン政権を「悪の枢軸」と名指したブッシュ氏は結局、フセイン政権を滅ぼした。ブッシュ氏もまた、北朝鮮を「ならず者国家」と罵倒していた。

 ただし、ブッシュ氏はフセイン政権を滅ぼしたものの、北朝鮮への軍事攻撃は断念した。けれども、トランプ氏の国連演説での対北「ならず者」宣言は『最終手段』投入も視野に入れた発言とも、一部で観測されている。 

 実際、トランプ氏は国連演説で明言した。

 「米国はあらゆる手段を講じて自国と同盟国を防衛する」

 「(軍事攻撃に踏み切る事態となれば)北朝鮮は完全に破壊される」

 小欄は一貫して北朝鮮に核・ミサイル開発を断念させ、地球規模の核拡散という悪夢を食い止めるべく経済制裁を加えても限界があり、もはや対北武力行使しかないと主張し続けてきた。さもなければ米国は、米国に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)を断念させる代わりに、日本に届く弾道ミサイル受け容れ「核保有国家」に認定。実業家出身のトランプ氏による危ない取引(ディール)で、わが国は北朝鮮に要求を呑ませ続けられる属国に成り下がる。外国の投資・観光は激減し、経済を含む国力が次第に削がれていく。

 しかし、まだ武力行使の段階ではない。武力攻撃は、米国が不断に続けているシミュレーションが《過去最低の犠牲者数》+《作戦目的達成への成功率80%》をはじき出し、《最良の日》を厳選できて後のこと。

 しかも、「真正核兵器」の投射は文字通り『最終手段』だ。各種通常型ミサイル&無人・有人の航空戦力&大規模な特殊作戦部隊をはじめとする通常戦力と並行して使われる可能性があるのは、小欄でも度々触れてきた《電磁パルス(EMP)攻撃》や小さな核爆弾ミニ・ニューク(戦術核)を搭載した《地中貫通核爆弾》など。

 EMP攻撃は上空での核爆発により→巨大な雷のような電波が津波のように地上に襲来→電子機器をマヒさせ軍事用を含むインフラを機能不全にする。核爆発に伴う熱波や衝撃波は地上に届かず、被攻撃側の人々の健康に直接の影響はない。

 地中貫通核爆弾は、地上の岩盤を突き破り→地下要塞に在る北朝鮮・朝鮮人民軍の軍事・核施設に到達後吹っ飛ばす。こちらも、一般国民の住む地上の被害を抑え、核汚染も局限。地下に蓄えられる朝鮮人民軍の生物・化学兵器も、核爆発を抑えた小さな核爆弾(ミニ・ニューク)が発する熱波で蒸発→無害化に一定程度貢献する。

 EMP攻撃や地中貫通核爆弾は《サイバー攻撃》や《電子妨害》などとともに、一般国民の犠牲を抑制できる、使用ハードルの低い兵器と言える。

 前置きが長くなった。冒頭のお約束通り、『核のボタン』に関する大統領に成りそこねたヒラリー氏の誤認識を検証する。

 米国は現在、900発の核弾頭を保有し、個々の核弾頭は広島や長崎を壊滅させた核兵器の10~20倍の威力を持つ。

 結論から言えば、『最終手段』以外に核兵器を使うつもりはないと反論したトランプ氏が正しい。というか、『最終手段』でしか使用できぬ態勢となっている。繰り返しになるが、そもそも、ヒラリー氏がトランプ氏に詰問したごとき『核のボタン』は存在しない。

 代わりに、米軍の最高司令官として核兵器使用の最終決断をする米国大統領は《ビスケット》と呼ばれる、核兵器の発射コードを刻んだカードを使う。

 一方、米軍の大統領付武官が《核のフットボール》の通称で知られる黒色のブリーフケースを常時携行する。ブリーフケース内には核攻撃発動に必要な装置・情報が収められているが、ケースを開けるには、大統領が携帯する《ビスケット》が必要だ。《核のフットボール》の中に収められている装置・情報は以下の4点。

 (1)攻撃の選択肢一覧を記した黒い手帳

 (2)大統領が避難可能な掩体壕(えんたいごう)一覧

 (3)緊急警報システムの使用手引書

 (4)大統領の本人確認に使う認証コードを刻んだ小さなカード

 発射位置や核ミサイルの性能にもよるが、米軍は核弾頭が着弾する時間を最短5分程度と分析。大統領はギリギリの時間内で、迅速に核攻撃を意思決定し、米軍の関連部局に命令を発出しなければならぬのだ。

 ブリーフケースを持った武官もまた、常に大統領のかたわらを離れられない。ブリーフケースは5人程度の交代要員が持ち回りで、大統領に付き従う。周辺警護を担任するシークレット・サービスの要員と同様、ホテルでも大統領と同じエレベーターに乗り、同じフロアで待機する。大統領が職務を遂行できなくなる非常事態を想定し、副大統領用のフットボールも用意されている。

 《核のフットボール》を持ち歩く任務に選ばれる武官が、米国防総省やシークレット・サービス、FBI(米連邦捜査局)の厳しい身元審査&病歴・適性検査をパスしなければならない経緯は、言をまたない。

 2016年5月、当時のバラク・オバマ大統領が被爆地広島に歴史的訪問を果たし、被爆者を抱擁していた際にも、オバマ氏の目と鼻の先に武官が握りしめた正式名称《大統領緊急カバン》の、このブリーフケースが黒光りしていた。 

 ただ、米大統領が核兵器使用を決心し、《ビスケット》を使った後も、極めて慎重かつ複雑なステップが踏まれる。

金正恩氏は『核のボタン』を押す前に…

 米オバマ政権当時、筆者は日米軍事筋より、米アリゾナ州所在の《タイタン・ミサイル博物館》に関係する資料を得た。もっとも、タイタン・ミサイル博物館ではミサイル・サイロが公開され、施設を見学でき、発射手順やミサイル発射の模擬試験のシーンを収めた動画も公開されている。

 資料によると-

 タイタン・ミサイル博物館の地下10メートルの地点にはミサイル発射基地が在る。発射基地は《発射ダクト》と《管制室》などを備える。

 発射ダクトには冷戦時代、核エネルギー出力9メガトンの水素爆弾が搭載されていたICBM(大陸間弾道ミサイル)の《タイタンII》が鎮座している。タイタンIIは稼働を完全停止したが、発射システムは抑止力効果モデルとして世界に広めるべく、保全されている。

 管制室では発射までにこんな手順を踏む、という。

 (1)発射の必要に際し、スピーカーが「ピーピーピー」という音を発する。

 (2)音に続き、暗号無線でパスコードを含むメッセージを受信する。

 (3)2人の管制官が受信メッセージを書き取り、互いに見比べてメッセージが正しいか確認する。

 (4)続いて、2人の幹部管制官が自分しか知り得ないパスコードをおのおの入力して金庫を開ける。

 (5)金庫にはカード7枚が入っている。

 (6)カードにはパスコードが刻まれ、パスコードと先に無線で傍受したメッセージに含まれるコードが一致すれば、ミサイル発射命令が演習ではなく、実戦であることが実証される。

 (7)命令を確認するや、管制官が2人でカギを差し込み、回すのだが、鍵穴は離れた場所にあり、単独での発射を阻む仕組みになっている。

 (8)2人で同時にカギを差し込み→回し→そのままの状態を5秒間維持する。特に、管制官がカギを差し込んでから2秒以内に、相方の管制官がカギを差し込む行動も要求される。

 逆説的には、大統領の核兵器発射命令を阻止するには、関係者の造反が不可欠となる。 

 (9)最後は、ダイヤル式のカギでミサイル解除コードを入力すればミサイル発射準備が完了する。段階的に複数種のランプが点滅し、最後の点滅を迎えると解除は不可能になる。

 なお、ダイヤル式のカギには16個のアルファベットを持つ6つのダイヤルが並び、気の遠くなるような組み合わせの中で、発射解除コードはたった一つだけ。誤発射を防ぐ安全装置となっている。

 (10)そして、いよいよ発射サイロのフタが開くと…

 あってはならぬ悪夢だ。が、国のジェームズ・マティス国防長官もトランプ大統領の国連演説前日の18日、意味深長な言葉を口にした。米軍が北朝鮮への軍事攻撃を敢行し、朝鮮人民軍の報復攻撃があっても、韓国の首都ソウルを「重大な危険」より回避する軍事的選択肢があると公言したのである。

 確かに、南北軍事境界線(38度線)とソウルは最短で30キロ。1万門・基とされる火砲が火を噴けば、「ソウルを火の海にする」との北朝鮮の恫喝は現実になる。

 そういえば、米軍は4月、「全ての爆弾の母」と呼ばれる、通常型爆弾では最大の破壊力を有する《大規模爆風爆弾=MOAB》をイスラム教スンニ派過激組織《IS=イスラム国》にめがけて投下した。破壊面積は半径1000メートルをはるかに超える。地上の火砲は無論、地下坑道に隠れていても「顔」を出した瞬間、壊滅できよう。「軍事行動は間違いなく選択肢に含まれる」と発言するトランプ大統領の脳裏には、投下された「母」が産み落とした不気味なキノコ雲の映像も、マティス国防長官の説明とともに貼り付いているはずだ。

 反面で米国の軍や情報機関は、北朝鮮の核管理が、米国など5大核保有国のように慎重かつ複雑なシステムで厳重管理されているかにも、大きな懸念を抱く。韓国や日本への通常・核兵器を用いた攻撃以外にも、核兵器の暴発・偶発発射を恐れているのだ。 

 いずれにせよ、北朝鮮・朝鮮労働党の金正恩・委員長が『核のボタン』を押す前に、米国は…