露が強行する北方領土「特区」 日露共同経済活動早くも黄色信号

 
北方領土・色丹島斜古丹の街を歩くロシア人住民=2016年12月(共同)

 日本とロシアが協議を進める北方領土での共同経済活動の実現性に黄色信号が灯りつつある。ロシアのメドベージェフ首相は8月23日、露極東ユジノサハリンスクで、北方領土に経済特区を設置する文書への署名を強行した。特区は色丹島の斜古丹(ロシア名・マロクリリスコエ)に設置されるというが、今後さらに他地域に拡大する可能性も指摘される。両国の法的立場を尊重することを前提とする共同経済活動は、ロシア法に則った特区の設置と相容れず、色丹島では共同経済活動の実施が困難になるのは確実だ。(モスクワ 黒川信雄)

 繰り返し揺さぶり

 経済特区はロシアが極東などで進める経済振興策で、税制優遇や行政手続きの簡素化などを通じ、企業進出を促進する制度。露政府高官は7月、ドイツでの日露首脳会談の直前に特区を設置する方針を表明しており、日本を揺さぶる狙いがあったとみられていた。今回のメドベージェフ氏の署名も、9月上旬に露極東で予定される日露首脳会談のわずか2週間前というタイミングの発表だった。

 共同経済活動と矛盾

 昨年12月に日本で行われた日露首脳会談での合意を受け、両国は現在、双方の法的立場を害さない「特別な制度」の下での北方領土での共同経済活動の実現に向け交渉を進めている。しかしロシアの法律に基づく経済特区は、共同経済活動の枠組みと矛盾しかねず、ロシアによる北方領土への管轄権を認めることにもつながりかねない。

 さらに極東の経済情勢に詳しい日本の関係筋は、「ロシアは日本側の対応を見定めつつ、北方領土の他の地域にも設置する可能性がある」と指摘する。ロシア政府高官らは共同経済活動をめぐり、昨年の交渉開始の合意直後から一貫して「ロシア法に沿って行われる」と主張してきた。主権問題をめぐり、ロシア側に優位な状況を引き出せなければ、他地域も特区に指定して日本側をさらに揺さぶる可能性は否めない。

 地元政府は歓迎

 今回の発表を受け、北方領土を事実上管轄するサハリン州のコジェミャコ知事は「島の経済を新たな水準に引き上げる」と述べ、強い歓迎を表明した。ガルシカ極東発展相は「日本との共同経済活動をめぐる協議の結果が出るまで(四島の)住民生活が変化しなくてよいという意味ではない」と述べ、特区設置を正当化した。露当局は今回の措置をめぐり、新たに700人の雇用が生まれるなどと表明し、地元経済への効果を強調する。

 共同経済活動への反発も

 そもそも、北方領土を対象にした共同経済活動は、「極東全体の経済と比べ非常に限られた規模」(ロシアの専門家)で、実際に計画に関与する個人や企業以外にはロシア側のメリットはほとんどないとみられていた。一方でロシアの軍や治安当局関係者は、共同経済活動を通じ北方領土で日本のプレゼンスが拡大することを懸念しており、それでもロシアが協議に応じた背景には、「日本を政治的な交渉に引き出す意図」(同)があったためと指摘されている。

 ロシアの経済特区はこれまでも多数設置されているが、一方で計画性の乏しさから、目立った成果を出せず閉鎖されるケースも少なくなかった。色丹島のようにインフラが未整備で、その改善だけで多額の予算が必要な地域での特区は、経済的に成功しない可能性もある。

 ただ、9月上旬の首脳会談では共同経済活動が主要議題となる見込みで、日本は今回のロシアの動きへの対応に苦慮するのは確実だ。領土交渉という側面からみても、色丹島は1956年の日ソ共同宣言で平和条約締結後に日本側に引き渡すとされた島で、露側の措置は日本の領土返還交渉をさらに困難にさせる可能性が否めない。

 共同経済活動をテコに、ロシアとの本格的な交渉に乗り出した日本政府だが、先行きは極めて不透明になりつつある。