北のミサイルより「慰安婦バス」 徴用工像と慰安婦像イベントに没頭する韓国に危機感ゼロ

ソウルから 倭人の眼
8月14日、ソウル市内の路線バス車内に登場した慰安婦像(名村隆寛撮影)

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が、米領グアム沖への弾道ミサイル発射を示唆し、トランプ米大統領が「グアムで何かやれば、見たこともないことが北朝鮮で起きる」と警告するなど、危機が高まっているはずの朝鮮半島の南側、韓国ではこの間、「慰安婦像」や「徴用工像」の新たな設置が相次いでいる。現実問題である北朝鮮の核やミサイルへの危機感や当事者意識は薄く、自治体も後押しして、「日本との歴史」をめぐる問題にこだわり続け、相変わらず騒がしい。(ソウル 名村隆寛)

■これでもか!慰安婦像、これでもか!徴用工像

 日本の朝鮮半島統治からの解放記念日「光復節」の15日をはさんだ1週間あまり、韓国では今年もさまざまな反日抗議イベントが行われた。今年の特徴は、慰安婦像の増設と徴用工像の新設だった。

 徴用工像は12日、ソウル市竜山区の竜山駅前の広場と西方近郊の仁川(インチョン)市富平区の公園にそれぞれ、韓国国内では初めて設置され、除幕式が行われた。像の形は全く別のもので、ソウルの像はやせ細った男性の像。仁川の像は徴用工の父娘をイメージしたもの。いずれの「徴用工」も槌を持たされている。

 仁川の除幕式は、とにかく“前座”が長く、公園内に設けられたステージで、歌や踊りなどが除幕まで2時間近く続いた。日本人のグループも参加し、労働争議を思わせる日本語の歌をギターをかき鳴らしながら歌い、拍手を浴びていた。

 像設置キャンペーンのクライマックスは、市民団体などが「世界慰安婦の日」と定めた14日から「光復節」の15日にかけて。韓国各地で新たな慰安婦像設置などの行事が行われた。

 ソウル市の道峰(ドボン)区や衿川(クムジョン)区、光州(クァンジュ)市内の5つの区などでは慰安婦像10体が設置。ソウル市中心部の清渓(チョンゲ)広場では、元慰安婦の支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)などがミニチュアの慰安婦像500体を展示した。

 また、ソウル南方の水原市は、市内の公園に設置された慰安婦像の前で行事を開催した。同市は市長が率先して今年3月、慰安婦とは関係のないドイツ国内で慰安婦像を設置したことで知られる。

■どこかで見たような人形が…

 韓国メディアによれば、韓国国内ではミニチュアを除き、すでに80体を超える慰安婦像が設置されている。韓国在住日本人としては当然、気分のいいものではないのだが、今回の一連のイベントは、全体的にどことなく軽いノリが感じられ、いささかコミカル(滑稽)さを感じさせるものも多い。その最たるものがソウル市内の路線バス(5台限定)に乗せられた慰安婦像だ。

 この慰安婦像は硬質プラスチック製で塗装されたもので、運転席の2つ後の座席に座っている。左肩には小鳥も留まっている。

 大阪の大学に留学経験がある日本メディアの韓国人スタッフは「大阪で似たような人形を見た」と話していた。おそらく、道頓堀の「くいだおれ太郎」の人形だろうと思い、尋ねたところ、彼女は「その通りです」と答えていた。バスの慰安婦像は、「くいだおれ太郎」よりもよりレトロな感じに仕上げられている。

 筆者が乗ったバスでは、ちょうどKBSなど韓国のテレビ局2社が撮影中で、乗客の女性にインタビューしていたところだった。

 神妙な面持ちで女性がインタビューを受ける車内では、民謡「アリラン」が流れる。高齢の男性乗客が「アリランがいつ歌われ始めたか知っているかい?」と孫の年齢ほどの韓国メディアの記者に逆インタビューするなど、のんびりした雰囲気だった。

 バスを利用する一般市民レベルでは、慰安婦像が乗っていようがどうでもよく、慰安婦問題を深刻に考えさせるような水準ではないようだ。

■パフォーマンスの対象

 いくら慰安婦問題にこだわろうが、「一般人が乗る路線バスにまで、わざわざ像を乗せる必要が果たしてあるのだろうか」と思うのだが、当地ではそんな“異論”は許されないようだ。

 「慰安婦バス」はソウルの民間の運行会社が企画したもので、同社では「ソウル市の事業と無関係」としている。しかし、ソウル市はバスについて事前にメディアへの広報をしており、実際に朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長も初運行の14日朝からバス車内で慰安婦像と面会した。

 朴市長は慰安婦像に神妙な面持ちで手を添えるなどし、「犠牲になった人(元慰安婦)を悼む機会になる」と語った。また、慰安婦問題をめぐる2015年の日韓合意に代わる「新たに国民が納得できる合意」が必要などとも述べた。

 慰安婦問題で日本に抗議する日本大使館前での水曜恒例の集会に進んで参加したり、ソウル市内に慰安婦追悼のための施設「記憶の場」を造成した朴市長らしいパフォーマンスに映る。

 日本人であれ、韓国人であれ、見る者によってはコミカルに見えるバス車内の慰安婦像ではあるが、朴市長のように真摯(しんし)に「追悼対象」とみなす人もいる。パフォーマンスができる格好の対象でもある。

 慰安婦像は車内が混もうが、高齢者や障害者や妊婦が座りたがろうが、席を譲ることもなく“慰安婦バス”が運行される9月一杯、車内に居続ける。慰安婦像を乗せたバスは、今日もソウル市内を巡回している。

■北への危機感、さらに全くなし

 国際社会が北朝鮮問題で騒いでいるのに、それほど今の韓国はのんびりしている。慰安婦像や徴用工像、そして慰安婦バスに関する一連の話は、そんな韓国の状況を伝える好例だ。

 いつものことだが、米国と北朝鮮の間で軍事的緊張が高まるなか、韓国では今回も緊張感が感じられない。ソウルに最近やってきた日本人の知人は、まずその意外な感じを口にする。市民がふだん通りの日常生活を送っているのを目にするためだ。

 今年4月に北朝鮮をめぐって国際社会が緊張した際、朝鮮半島有事に向けた日本での懸念や危機意識に対し、韓国では逆に「日本が不安感や危機感をあおっている」といった批判がメディアを中心に起きた。隣国で戦禍に巻き込まれる危険性がある日本の当然の危機感を、当事者である韓国では「大げさだ」「行き過ぎだ」などと一笑に付した。

 現在のソウルに住んでいれば、そう思ってしまうのも無理はない。先述のように社会全体に全く緊張感がないからだ。そして、緊張感のない韓国で何日間、何週間かを過ごし、「日本より北朝鮮に近いソウルはとても平穏で平和だった」と思い込んで帰国する日本人は多いはずだ。

 ソウル在住の日本人の間にも、「日本の一部メディアが危機感をあおっている」と言ったり、韓国メディア同様に「大げさだ」と主張する人もいる。

 主張や受け止め方は自由だ。ただ、韓国、ソウルは北朝鮮と軍事境界線を隔てて接しており、海を隔てた日本とは違うとはいっても、韓国からは北朝鮮の中を詳細に見ることはできない。

 金正恩政権の北朝鮮内部で今、具体的に何が起こり、何が企てられているのかの真相は、日韓問わず外からは分からない。突き詰めれば北朝鮮の金正恩委員長にしか分からない。 朝鮮半島での有事がないという確証はない。

■余裕なのか、思い過ごしなのか

 長らく韓国にいると、外から見た客観的な朝鮮半島情勢について知りたくなることがある。韓国国内の社会的な雰囲気に慣らされ、「自分も感覚がマヒして始めていないか」「果たしてそうなのか」と思うことがあるためだ。そんな時は必ず、日本から見て北朝鮮と韓国、朝鮮半島は現在どのように見えるのかを、日本にいる知人らに聞くことにしている。これは必要なことだ。

 朝鮮半島情勢が緊張する一方での韓国社会の緊張感や危機感のなさについて、南北の格差、豊かさを得た韓国の余裕が背景にあるとの見方が日本などにはある。ただ、現在の当地での皮膚感覚として、こうした韓国の“余裕論”は10~15年ほど前ならば言えたことだろう。もし現在もそうならば、思い過ごしに過ぎない。

 すでに北朝鮮が公開し、日米をはじめとした国際社会が認めているように、北朝鮮の弾道ミサイル技術は飛躍的に進化している。これは韓国当局も認めるところだ。北朝鮮は狙った所にミサイルを撃ち込み、自ら誇示しているように、ミサイル技術を確実に向上させていることは断言できる。

 このままでは、今後も北朝鮮の核、ミサイルは間違いなく進化を続けることだろう。核・ミサイルをめぐる北朝鮮の脅威は全く低下しておらず、むしろ、より悪化している。

■北朝鮮と共同での徴用工被害の実態調査

 こうしたなか、韓国の文在寅大統領は15日の「光復節」の演説で、緊密な米韓同盟関係を強調しつつも、「朝鮮半島で二度と戦争があってはならない。誰も韓国の同意なく軍事行動を決定できない」と断言した。「誰も」というのは、明らかに米国のトランプ米政権を指している。

 その上で文氏は、北朝鮮に核実験やミサイル発射の中断を要求し、韓国主導で問題の平和的解決を図る姿勢を強調した。韓国国民を対象にした演説であり、国民を安心させようとの意図がうかがえる。

 同時に、北朝鮮の米領グアム沖に向けての弾道ミサイル発射計画に対し、軍事的報復で応じる姿勢を見せたトランプ政権を思いとどまらせることができれば、危機は当座、どうにかしのげるという判断もありそうだ。

 ただ、日本がからむ記念日での演説のため仕方がないのだろうが、文氏は一方で、徴用工の問題に言及。「強制動員の苦痛は続いている。被害規模の全ては明らかにされておらず、政府と民間が協力し解決せねばならない。今後、北朝鮮との関係が改善すれば、南北共同での被害の実態調査を検討する」とまで述べた。

 さらに、慰安婦と徴用工の問題の解決には「人類の普遍的価値や国民的合意の上での被害者の名誉回復と補償、真実究明と再発防止の約束という国際社会の原則がある」とし、「日本の指導者の勇気ある姿勢」を求めた。

■不安感払拭はすでに不要か

 朝鮮半島危機というこの期に及んで、韓国大統領が徴用工問題、しかも南北共同での問題の実態調査について語ったことは耳を疑いたくなった。

 さらに文氏は、就任から100日にあたる17日に大統領府で行った内外メディアとの記者会見で、徴用工に絡む請求権について、「個人の権利は残っている」との考えを明示した。1965年の日韓請求権協定を踏まえ、文氏は韓国人の個人請求権が消滅していないとした2012年の韓国最高裁の判断に触れ、「韓国政府はこの立場で歴史問題に臨んでいる」と断言した。

 韓国政府として個人請求権が消滅していないとの判断を示したのは初めてで、「問題は解決済み」との立場を取る日本政府はさっそく、韓国側に抗議している。

 ただ文氏は、朝鮮半島をめぐる危機的状況については当然、自覚しているようだ。演説でも記者会見でも、日本よりも北朝鮮の問題への切実感が感じられた。

 文氏は「朝鮮半島で戦争は2度と起こさない」と断言し、北朝鮮をめぐる国民の“不安感”の払拭に努めようとしている。しかし、繰り返しになるが、朝鮮半島問題の当事者である韓国国民からは、差し迫った危機感や不安感は現在も感じ取ることはできない。大統領の言葉以前に、安心しきっているのかもしれない。

 慰安婦や徴用工の問題を持ち出せば、韓国では誰も何も言えない。この韓国特有の“不文律”のもとで、本来なら切実な現実問題として起こるべき北朝鮮への反発は影をひそめ、慰安婦や徴用工の像の設置に見られる日本への抗議や反発は、“何でもあり”の状況が続いている。