韓国軍が在韓米軍を統制する「未来司令部」構想 構想ではなく妄想では?  

野口裕之の軍事情勢
7月5日、北朝鮮との国境付近で演習を行う韓国軍(AP)

 韓国が背負う《事大主義》について過去、小欄では何度か批判しつつも、哀れんできた。しかし、プライドが高いのか低いのか正体不明の韓国は一見、事大主義に逆行する大それた振る舞いに走ることもある。《未来司令部》構想も、その一つ。未来司令部構想は、朝鮮半島において軍の「南進」を促すだろう。

 ただし、韓国に攻め入る北朝鮮・朝鮮人民軍による南進ではなく、在韓米軍の「南進」。在韓米軍隷下の米陸軍第8軍司令部が7月、ソウル中心部よりソウル南方の京畿道平沢に移転、第8軍の主力・第2歩兵師団も来年、平沢へと「撤退」する。来年にかけて、在韓米軍の隷下部隊の南下はめじろ押しだが、在韓米軍としては朝鮮半島南下を止めず→対馬海峡も渡り→日本まで退きたい心境に相違あるまい。それほど、未来司令部構想は在韓米軍をして「未来」を不安視させる、あきれ果てた愚策だった。

 事大主義とは《小が自らの信念を封じ、大=支配的勢力に事(つか)え、自己保身・生存へと流されていく外交姿勢》などを意味する。 

 だが、未来司令部構想は逆。在韓米軍が現有する《戦時作戦統制権》を韓国軍に返還し、《単一司令部》の下、韓国軍が米軍を作戦統制する、にわかには信じがたい内容だ。戦時作戦統制権とは、戦時に軍の作戦を指揮する権限で、現在の戦時作戦統制権は米軍大将が司令官の席に着く米韓連合司令部が有する。言い換えれば、韓国軍は戦時、米軍の指揮下で軍事行動を実施し、単独で自軍を動かせない。

在韓米軍が38度線を離れ「南進」し続ける本音とは?

 今回の第8軍司令部の「南進」は、各地に点在する在韓米軍基地の統廃合で機能を向上させるとともに、北朝鮮・朝鮮人民軍の第一撃をしのぎ、被害を最小限にする狙いがある。

 何しろ、南北境界の非武装地帯(DMZ)付近の地下坑道陣地などに、朝鮮人民軍は1万門・基もの長距離火力を集中して据え付けている。首都ソウル中心部は、南北の軍事境界線(38度線)から30キロしか離れておらず、朝鮮人民軍の170ミリ自走砲や地対地ロケット・フロッグ7の射程なら余裕で届く。一斉に撃ち込まれれば「ソウルは火の海」と化す。平沢まで下がったところで、200キロ飛ぶ新型の300ミリ多連装ロケット砲に至っては平沢を越え、軍の重要施設が集まる大田(テジョン)にまで達するのだが、ソウル駐屯時に比べれば後方の平沢はまだ想定被害が小さい。

 半面で、戦時作戦統制権の韓国軍への返還もにらんでいる。

 米軍が戦時作戦統制権を有しているうちは、在韓米軍の数個の主力部隊はソウル以北に陣取るが、韓国軍に返還されれば、対北抑止行動や緒戦での応戦は主に韓国軍の担任となり、ソウル以北に残留している米軍部隊も「南下」を加速させる。今回の在韓米軍「南下」は、戦時作戦統制権の返還問題とも連動しているのだ。

 戦時作戦統制権は、韓国の文在寅大統領と米国のドナルド・トランプ大統領との首脳会談で早期返還が合意されたが、同時に、戦時作戦統制権返還後の新たな米韓軍指揮体制が論点に浮上した。在韓米軍の「南進」計画が着々と実現する中、韓国政府・軍内で検討されたのが《未来司令部》構想であった。

 実のところ、米バラク・オバマ政権は韓国の朴槿恵政権との定例安全保障協議会(2014年)で、戦時作戦統制権が返還されれば、韓国軍が米軍を作戦統制する《連合戦区司令部》を創設する構想で合意し、関連作業をいったんは進めた。

 《未来司令部》構想は、朴槿恵政権初期に浮上したこの《連合戦区司令部》構想とほぼ同じ組織体を目指していると推測する。両構想は韓国軍が司令官(大将)、米軍が副司令官(大将)を各々担うことになる、とか。現在の米韓連合司令部では、在韓米軍司令官(大将)が連合軍司令官を兼務して戦時作戦統制権を行使。連合軍副司令官は韓国軍の大将が務めているが、上下関係が逆転することになる。

 でも、韓国では官民あげて大きな勘違いを犯している。米軍は伝統的に、他国軍の指揮・統制を受けないが、事態は米軍の伝統以前の問題だ。「米国第一主義」を掲げるドナルド・トランプ大統領が許さないとみる韓国メディアもあるが、これも自らを省みる姿勢に欠けている。

韓国軍は世界最強の米軍を統制する能力があるの?

 最大の問題は、韓国軍は世界最強の米軍を作戦統制する能力を持っているのか?という、軍事関係者なら誰もが抱く基本的疑問だ。

 さすがに米軍の思考方法を熟知する韓国軍の一部エリートは自覚していて、連合戦区司令部構想のときと同様、未来司令部構想でも修正に走った。

 米韓両国は当初、戦時統制権が返還されれば米韓連合司令部を解体し、それぞれ独自の司令部を設ける計画だった。けれども、有事での軍事的合理性と指揮統一のために米韓連合司令部の骨格を維持しつつ、韓国軍が主導する新たな軍事指揮・統制機構設置へと方向転換した。米韓連合司令部と組織・機能が同じ《単一司令部》を維持すれば、現行の米韓連合戦闘力を発揮できるという現実面が考慮され、見直されたのだった。

 何のことはない。在韓米軍の戦力はノドから手が出るほど欲しいが、自らが「陣頭に立つ」体裁だけは取り繕いたいとの狙いのようだ。

 最新鋭地上配備型高高度ミサイル迎撃システム(THAAD)の配備問題も迷走を続けており、戦時作戦統制権の返還問題とセットで在韓米軍撤退の本格検討が始まる呼び水となろう。

 戦時作戦統制権の淵源は、朝鮮戦争(1950~53年休戦)にまでさかのぼる。以来、北朝鮮情勢の緊迫化や従北サヨク政権の出現の度、戦時作戦統制権が米韓の駆け引きのテーブル上に並んだ。

 まず、従北サヨクの盧武鉉政権は米国に対して戦時作戦統制権の返還を求めた。要求を受け、2006年の米韓首脳会談で米国は戦時作戦統制権の返還に合意する。2007年には返還期限「2012年4月」が設定された。

 一転、2008年に保守系の李明博政権が発足。李大統領は金融危機などを理由に、盧武鉉政権が決めた戦時作戦統制権返還の延期を懇願した。さすがに、韓国軍首脳は軍事的合理性は逸脱できない。李大統領の耳に、何とか内実を届けたのだろう。例えばこんなふうに-

 「戦時において、平時に立案済みの対北朝鮮戦略に沿って→決心し→軍に作戦実施を許可する韓国政府の戦争指導能力は極めて低い」

 米国は戦時作戦統制権の返還延期を承諾し、新たな期日「2015年12月」を約定。土俵際で朝鮮半島の平和は保たれた。

北ミサイル迎撃システム配備で韓国軍の弱さを埋めたい在韓米軍

 この時、米国は返還延期の交換条件として、韓国へのTHAAD配備を突き付けた。THAADは6基の発射台と48発のミサイルなどで構成され、北朝鮮・朝鮮人民軍の短・中距離弾道ミサイルを迎撃する切り札だと期待される。韓国民だけでなく在韓米軍も防御するTHAAD配備を譲らない米国の姿勢は至極当然だ。従って、韓国の安全保障史上、THAAD配備は戦時作戦統制権の問題と表裏一体を成してきた。筆者には、「戦時作戦統制権を韓国軍に譲れば、軍事上の拙策が急増しよう。せめてTHAAD配備で、在韓米軍の安全を担保したい」との、米国防総省の本音が聞こえる。

 もっとも、予想通り、韓国は韓国であった。事大主義の悪癖が発症し、米国と中国を天秤にかけ、のらりくらりと曖昧な態度を取り続けたのである。説明しよう。

 中国はTHAADを構成するXバンドレーダーの韓国配備に猛烈に反対している。射撃管制モードの探知距離は500キロで北朝鮮の中~南部をカバーする程度だが、捜索モードに徹すれば1000キロを超え、北京・天津の手前まで覗けてしまう。しかも、在日米軍が青森県車力と京都府京丹後に置くXバンドレーダーと同型で、データリンクで連結され、互いをカバーし合える優れモノだ。

 中国は「レーダーは中国内も監視する」と猛反発。6月に北京で開かれた韓中外務次官戦略対話でも、文在寅政権の「従中・従北・非米」姿勢を見逃さず政治決断を強く迫った。中国外務省の張業遂・次官の言い回しはドスが効いていた。

 「中韓関係を制約する主な障害物(THAAD)が除去できずにいる」 

 2013年に発足した朴槿恵政権も戦時作戦統制権返還の再延期を請うた。もちろん、米国は改めてTHAAD配備を異例の強さで訴えた。 

 結果、戦時作戦統制権の返還は「2020年代中盤」に再延期され、米韓両国は2016年にTHAAD配備で一致した。

 にもかかわらず、朴大統領はセウォル号事件への対応不備や「崔順実ゲート事件」など一連の不祥事が元で、2017年3月に大統領弾劾が成立して罷免。代わって従北サヨクの文在寅政権が誕生した。盧武鉉大統領を大統領選挙中も支え、盧武鉉政権では大統領秘書室長を務めるなど「盧武鉉の影法師」と呼ばれ最側近であった文大統領は、自らの大統領選で戦時作戦統制権の任期内返還を公約。盧武鉉政権同様、またも戦時作戦統制権の返還話を持ち出した。

 かくして、従北サヨク政権で「返還」を申し入れ、保守政権で「延期」をお願いする堂々巡りと相成った次第。

 朴槿恵政権との合意を受け、在韓米軍は文在寅政権発足直前の4月末、THAAD用の発射台やレーダーなどを南部・慶尚北道星州郡のゴルフ場に搬入したのを皮切りに、一部設置を完了していた。

 対する文大統領は7月28日、一般環境影響評価(アセスメント)の実施を発表するなど、THAAD配備の先延ばし・撤回を画策してきた。ところが、同じ日の夜に北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射するや即、配備済みのTHAAD発射台2基に加え、在韓米軍に保管中の残る4基の速やかな追加配備を指示するなど、鮮やかなる「朝令暮改」を披露した。

 未来司令部が樹立され、韓国軍の大将が在韓米軍を作戦統制すれば、朝鮮戦争再開に際して、「朝」の命令は夕方に変更されるかもしれない。あるいは、おびただしい数の韓国軍将兵が敵前逃亡→潰走した先の朝鮮戦争の悪夢が再現され、指揮どころではなくなるだろう。