「これはひどい…」 首都高の腐食に絶句 寿命迎える東京五輪の遺産

にっぽん再構築 インフラが危ない(1)
京浜運河の真上を走る首都高速1号線東品川付近、橋脚部は塩害でコンクリートが崩落、内部構造の鉄筋部も腐食が進行している=8日、東京都品川区(撮影・春名中)

 海抜3メートル-。

 東京の空の玄関、羽田空港と都心を結ぶ首都高速1号羽田線・東品川桟橋(東京都品川区)の路面の平均的な高さだ。干満差は2メートル。水面までの距離は、場所によって時に1メートルを切る。

 近づいてみると、塩分を含む汽水につかる東品川桟橋の橋脚の付け根に無数のひび割れが見える。そのひびを埋める樹脂の跡が白い絆(ばん)創(そう)膏(こう)のようだ。視線を上に向けると、腐食した鉄筋が膨張し、圧迫されたコンクリート塊が剥落している橋桁が目に入る。「床(しょう)版(ばん)」と呼ばれる道路の土台の裏側は、さびついた鉄筋があばら骨のようにあらわになっている。

 「これはひどい…」。国土交通省がチャーターしたクルーズ船で視察した国会議員らが絶句したという代物だ。日本初の高速道路である首都高速1号線。運河に沿って走る羽田線は、1964(昭和39)年の東京五輪前夜に急造されたインフラの代表といえる。

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 羽田線・東品川桟橋付近は昭和38年12月に突貫工事で開通した。大半が時間のかかる用地買収をしなくて済む運河上にある。鮫洲の埋立部では、鋼材の腐食により護岸用鉄板がずれて路面のひびや陥没ができたり、路面から汽水が染み出たりしたこともある。

 「前回の東京五輪前に造られたインフラは老朽化が進んでいる。羽田線は氷山の一角にすぎない」。管理する首都高速道路の幹部はこう打ち明ける。

 確かに、首都高では1号線大師橋や3号線(池尻-三軒茶屋)など大規模更新工事が相次ぐ。同社が管理する総延長310・7キロのうち開通から50年以上経過した構造物は10・6%(今年5月現在)だが、10年後には34・7%にもなる。

 「1日28万台が行き来する動脈を通行止めにするわけにはいかない」。同社は総額約1千億円の予算を計上。今年2月に東品川桟橋の架け替えに着手したが、完成は平成38年度の予定。2020(平成32)年の東京五輪には間に合わない。

 東京五輪の成功を誓った小池百合子都知事は今月9日の記者会見での質問に、「安心安全のために必要なインフラ整備はチェックをし、首都高も耐震強度が十分なのかもやっていく」と危機感をにじませた。

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 鉄やコンクリートによる橋梁(きょうりょう)の整備が本格化したのは、昭和30年前後。「当時は『永久橋』と呼ばれ、メンテナンスは必要ないと考えられていた。維持管理費の必要性が十分に認識されていなかった」と国交省幹部は説明する。

 高度成長の波に乗り、日本列島に新幹線、幹線道路、橋梁、トンネルが次々に整備された。高度経済成長期前後の昭和30~50年にできた道路は、現在の全都道府県道に近い約12万2500キロにもなる。しかし、そのレガシー(遺産)が間もなく“消費期限切れ”を迎えようとしている。

 にもかかわらず、全国自治体などの道路管理者の動きは鈍い。老朽化を発見するための施設の点検義務(5年に1度)は、平成25年に法制化されたばかりだ。26、27年度の点検で、橋梁約70万カ所の28%、トンネル約1万カ所の29%でしか実施されていない。

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 「今や、危機のレベルは高進し、危険水域に達している。ある日突然、橋が落ち、犠牲者が発生し、経済社会が大きな打撃を受ける…そのような事態はいつ起こっても不思議ではない」

 こんな過激な前文で始まる政府内文書がある。

 「道路の老朽化対策の本格実施に関する提言」。平成26年4月14日、国土交通省の社会資本整備審議会道路分科会でとりまとめられた。前文には「最後の警告-今すぐ本格的なメンテナンスに舵(かじ)を切れ」との副題もつけられている。

 「いずれ必ず橋は落ちる。住民が巻き込まれて自分が刑事被告人になったつもりで書け」。当時の国交省道路局長だった徳山日出男氏は提言の素案作成を部下に命じた。「次の事故が起こる前に、全てを国民に知らせ、警告することが行政の責任だ」。前文の素案は、徳山氏自ら筆を執った。極めて異例だが、それだけ事態が深刻かつ切迫していることの証左ともいえる。

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 24年12月、中央自動車道の笹子トンネル(山梨県)で天井板が約140メートルにわたって崩落し、9人が死亡する悲惨な事故が発生。これを機に国交省が調査した結果、25年3月時点で耐用年数の目安とされる50年を経過するインフラの割合は、道路橋が18%、トンネルが20%、下水道が2%。20年後の45年では道路橋は67%、トンネルは50%、下水道は24%まで増える。

 「全国にある全長2メートル以上の橋のうち約27万カ所が老朽化してしまう」と道路局幹部。

 赤裸々となった“不都合な真実”を前に、道路局内は騒然となった。

 「(審議会で)本当に見せてもいいんでしょうか」。こんな言葉を口にした職員もいたほどだ。インフラ老朽化の恐るべき実態を突きつけられた審議会の委員たちは「衝撃的な数字だ」「大変なことになる」と驚愕(きょうがく)した。

 「ショックの連続だった。定期点検すら法制化されておらず、知れば知るほど生やさしくないと感じた」。分科会長として提言をまとめた政策研究大学院大の家田仁教授(社会基盤学)は、当時の審議会の空気を語る。

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 国交省は笹子トンネル事故が起きた翌25年を「社会資本メンテナンス元年」と位置づけ、同年11月には政府が各省庁と自治体に対策を求める「インフラ長寿命化基本計画」を決定した。各省庁は既に個別のプランを策定している。

 自治体の動きは鈍い。長寿命化計画とりまとめの期限は28年度末だが、総務省の調査では、昨年10月段階で策定を終えた自治体は都道府県で3割強、市区町村では約5%にすぎない。道路や橋梁(きょうりょう)、公共施設の具体的な修繕計画は32年度中までずれこむ見込みだ。

 「インフラ老朽化は“生活習慣病”のようなもの。大惨事がいつか起こるかもしれないが、すぐには起きない。人々の関心は修理より新しいものをつくる方向に向きがち。結果として、修理は後回しになる」

 家田教授はインフラをめぐる社会心理を冷静に分析する。「地方議会で議員が新しいハコモノを造れば、票につながるが、修理はそうはならない。国民も大災害から時間がたつとメンテナンスへの熱が冷めてしまう…」

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 国交省の試算では、現在のインフラを撤去せずに補修などで対応した場合、25年度に3・6兆円と試算された維持管理・更新費は、35年度に4・3兆~5・1兆円、45年度には4・6兆~5・5兆円にもなる。

 一方、27年度の政府予算のうち、総合的な老朽化対策や事前の防災・減災対策に充てられる防災・安全交付金は1兆7412億円の要望額に対し、約6割の1兆851億円が計上されるにとどまる。

 カネだけでなく、ヒトも足りない。国交省の調査によると、市町村における土木部門の職員数は8年度から25年度までに約3割減少。道路の維持・管理業務を担当する職員が「5人以下」とする市は全体の約2割、村では9割以上にもなる。

 「朽ちるインフラ」(23年発行)の著作がある東洋大の根本祐二教授(公共政策)は「やみくもに新しいものを増やすのはやめ、残すものを選別しなければ、私たちは朽ちるままの危険なインフラを次世代に残すことになる」と警鐘を鳴らす。

 政府と有識者が発した「最後の警告」は、国民の耳に届いているだろうか-。

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 日本の産業発展の土台となってきた社会資本は大量更新期を迎えた。高齢化時代を迎えた日本の成長の足かせとなるばかりか、人命を奪う凶器にもなりかねない。「にっぽん再構築第4部」は、差し迫る老朽インフラの危機をリポートする。