中国・王毅外相がカナダ女性記者に放った「傲慢」発言に世界が戦慄した 次に警戒すべきは南シナ海「観光」開発だ!

野口裕之の軍事情勢
西沙(英語名パラセル)諸島の位置

 政治資金の公私混同疑惑の渦中にあって、言い逃れを繰り返した東京都知事・舛添要一氏(67)の釈明会見で、記者が皮肉を効かせた質問を浴びせた。

 「厳しい批判と追及が続いているが、知事の『強靱なメンタル』はどこから来ているのか」

 舛添氏はあきれるほど厚顔だが、記者のツッコミに「こういう場ではちょっとお答えすべきことではないかと思います」と、さすがに答えに窮したし、辞意表明してもいる。

 その点、舛添氏が政治資金でシルクの中国服を購入したお国の公人が世界中でまき散らす傲岸不遜は、はるか上をいく。今月1日にもカナダでまき散らした。

舛添氏のはるか上をいく中国外相のゴーマン度

 カナダ訪問中だった中国の王毅外相(62)は中加外相による共同会見の席上、地元メディアの女性記者が、中国内の苛烈な人権問題をただすと…

 「あなたの質問は中国に対する偏見に満ちており『傲慢』だ。まったく受け入れられない」

 「中国の人権状況を最もよく理解しているのは中国人だ。あなたは中国に来たことがあるのか」

 女性記者に向かい、ペンを横に振る迫真の演技?を交え、怒鳴りつけるかのように、説教を続けること2分以上。どちらが『傲慢』かは明らかだし、想定内の強弁で、中国の正体を知る読者の皆様も驚きはしないでしょう。

 が、女性記者の質問がカナダ外相に向けられたもの、と知ったら? 

 王外相は横から口を挟んで、あろうことか「代弁」したのである。当然、カナダ外相の考えを「代弁」したのではない。王外相の無礼千万な振る舞いのエネルギー源は、舛添氏のような『強靱なメンタル』故ではなく、中国共産党指導部の顔色だけをうかがう『臆病なメンタル』の発露。共産党指導部の「代弁」だった。

 国際常識に精通するエリート外交官でさえ、この程度の品性。「爆買い」とともに「ヒンシュク買い」として、国際社会に拡散している中国人観光客のマナーのヒドさはムベなるかな。もっとも、王外相のごとく「傲慢度全開」の方が、不快かつ滑稽ではあるものの、分かりやすい。

領有係争海域で結婚式はいかが?

 むしろ、インド洋上の「モルディブのような世界的観光地を建設中。離島での結婚式やダイビング、ウィンドサーフィンはいかが?」など、“平和的事業”に手を挙げられると、小欄などは思わず身構える。中国が呼び掛ける「世界的観光事業」対象地も、台湾やベトナムと領有権を争う南シナ海のパラセル(中国名・西沙)諸島だった。

 南シナ海のサンゴ礁などを埋め立て用に破砕し、人工島=海上軍事基地を造成しまくる中国の当局が、「サンゴ礁を整備する」とは笑止千万。「えりすぐりの観光客に対応できるようにする」と、高級リゾート化も示唆するが、「えりすぐる」のは観光客に擬装した中国人民解放軍将兵や海上民兵ではないのか。「観光計画」は、“領有既得権”を大強化し、最終的には南シナ海のほぼ全域を掌中に収める戦略へのステップに相違いあるまい。「観光計画」ではなく「敢行作戦」なのだ。

 小欄が「敢行作戦」に関する危機感を最初に抱いたのは2014年9月であった。この時期、中国の「運航会社」が最南端都市・海南省三亜市とパラセル諸島を結ぶ“新観光航路”を開いた。

 「運航会社」によれば2014年9月2日、9683トンの貨客船が処女航海に出た。「観光客」は船内で3泊4日を過ごし、パラセル諸島南西部の面積たった0.01~0.02平方キロの幾つかの砂州を訪れ、ビーチバレーや釣り、記念撮影を行った。実は2013年4月以降、「運航会社」は毎月か隔月、海南省海口市~パラセル諸島へと、同じ貨客船に200人を乗せ試験航海し、3500人以上を運んでいた。

 2014年9月の200人を「観光客」というが、外国旅券では参加できず、香港/マカオの中国人でさえ門前払いだった。200人は「中国政府職員」との観測も出ている。

軍都に化けた「虚構都市」

 最高行政機関・国務院は2009年、《海外の観光客誘致に向け海南省開発》を宣言した。12年には、海南省三沙市にスプラトリー(中国名・南沙)+マクルスフィールド(中国名・中沙)+パラセル(中国名・西沙)の各諸島を《管轄させる》と公表した。

 《管轄》といっても、スプラトリー諸島の多くは台湾/ベトナム/フィリピン/マレーシアの実効支配下で、ブルネイも領有権を主張。台湾とフィリピンも領有権を訴えるマクルスフィールド諸島は岩礁と環礁ばかり。中国が大半を実効支配しているのはパラセル諸島のみだ。従って、2014年11月の小欄は《虚構都市》と形容した。

 ところが、《虚構都市》は《軍都》に完全に化けた。三沙市政府は、台湾やベトナムも領有権を主張するウッディー(永興)島に所在する。3諸島の中で、民間人がまともに生活可能なのは3諸島で最大のウッディー島ぐらいなためだ。埋め立てで島の面積は広がりを止めず、今では2.6平方キロにまで肥大している。

 2014年の小欄は、軍将兵/武装警察官/市職員や漁民ら合計1000人が駐留していた、と報じてはいた。ただ、軍施設や兵器の増強に伴い、確実に兵力は増えているはずだ。

 例えば、東西1.8キロ/南北1.1キロの陸地をはみ出して造成された2.4キロの滑走路は軍民両用の3キロに延長され、爆撃機の離着陸も視野に入った。2基の大型レーダーや4つの巨大燃料タンクに加え、今年2月に地対空ミサイルや戦闘機が、5月にはステルス性能を備えた無人偵察機の配備が相次いで確認された。

小島に建つ幼稚園・小学校は軍施設では?

 議事堂や銀行があるのは、2014年の小欄執筆時と変わりがない。その後、漁民住宅が拡充された。2015年には幼稚園や小学校が開設され、16年に入り海底光ケーブル敷設+全島でのWiFi整備が進められ、医療救助センターも立ち上がった。漁民住宅は海上民兵の兵舎▽幼稚園・小学校も軍事衛星の目をごまかす擬態軍事施設▽光ケーブルや医療救助センターも軍民共用-と疑ってかかるべきだ。

 反面、ウッディー島を前線司令部を置く軍都として整備しても、鉄壁の制空権・制海権がなく、しかも兵器の配備や防御面での縦深性、補給に限界を有する小島の防衛は、敵性国家の現代化された陸海空統合作戦を前にしては、極めて脆弱だ。そこで「人質」が必要となる。ウッディー島に建つ、島嶼守備隊史料館や海洋博物館、記念碑といったわざとらしい“観光資源”や、実効支配外の海域にまで郵便番号が付与されている現状は、人質を呼び寄せるワナと言い換えてもよい。説明しよう。

 2015年のクルーズは65回を数え、1万6000人が参加した。「運航会社」は今年7月に2隻目を就航させる予定で、着実に「上陸自国民」を増加させ、支配を強めている。片道十数時間かかるが、出航地を変え、航海短縮も謀る。言い換えればその分、中国籍船が係争海域に遊弋する時間や寄港地=プレゼンスを増やせる計算だ。三沙市長は「多くの観光客が、長時間の航海に耐え愛国心とともに訪れている」と感謝する。「愛国心」が必要なクルーズ観光に、違和感よりも警戒感が先に立つ。

 とはいえ、この際、観光客の真贋には意味がない。観光客が軍の特殊作戦部隊員や海上民兵に擬装していれば、兵力・兵器の移動を隠せるが、もっと恐ろしいのは「本当の観光客」だ。仮に紛争と成り、中国人民解放軍が「本当の観光客」を“保護”すれば、国際法違反を恐れて紛争相手国は手が出せない。非中国人であれば、なおのことだ。「人質」を取った中国側も国際法違反で非難されるだろうが、中国共産党が人命や法の支配を気にするのなら、南シナ海に人工島=海上軍事基地を造成し、南シナ海覇権を目指しはせぬ。

 同時に、巡視船に比べ格段に、係争相手国が手出しし難いクルーズ船にも利用価値が有る。標的の島嶼・礁・砂州を「定期巡回」し、観光客は観光後、衣食住を提供する船=移動基地に戻ればよい。武装した「観光客」がいつの間にか埋め立てを始め、住み着くかもしれない。2013年のクルーズ開始時、中国に厳重抗議したベトナムの国営メディアは「係争海域における度重なる一方的挑発行為の『最新型』」と分析している。

ヒトラーの「東方生存圏」を学習する中国

 2014年の小欄は、「観光クルーズ」を、少しずつ現状を切り崩し、既成事実の積み重ねで戦略環境を有利に導く《サラミ・スライス戦術》の一環だと記した。確かにクルーズは、サラミ・スライス戦術の『最新型』ではあるが、戦術自体は1954年、中印国境=カシミール地方の高原奪取でも使われた。中国人を牧草地に段階的に入植させ、徐々にインド人牧場主を駆逐。10年近く繰り返し、九州並みの広さを持つ高原をかすめ取った。

 まともな国は、国内外の法律・慣習や歴史によって《地理的国境》を定める。しかし、中国の場合、欲しい所が領域となる。《戦略的国境》と呼ばれる独善的概念で軍事・経済力が拡大する限り、戦略的国境も膨張し続ける。ドイツ総統アドルフ・ヒトラー(1889~1945年)が唱えた《東方生存権》の“理屈”と同じだ。いわく-

 《民族の発展・存続には人口増が不可欠。生活圏拡張=領土拡大闘争は食糧/生活基盤/資源獲得闘争である》

 一方で、サラミ・スライス戦術に変化の兆しがみられる。三沙市をはじめ3諸島で展開中の軍事膨張が大胆に成り、治安当局の武装公船投射を繰り返す尖閣諸島(沖縄県石垣市)の接続水域に、中国が軍艦を初めて侵入した現状などに照らすと、サラミ・スライス戦術と強硬策を併用してきたと考えられる。

 前例はある。前述したカシミールをサラミ・スライス戦術で実効支配した中国は結局、軍でインド軍を奇襲し、支配を確実にした。

 併合した内モンゴル/チベット/新疆ウイグルに至っては、サラミ・スライス戦術は使わず武力を用いた。年月をかけるほどの強敵ではなかったからだ。弱敵か戦意無しとみれば即、武力で襲い掛かって来る中国の凶暴性を象徴する好例だ。

 そういえば、ヒトラーは東方生存圏構築の心得として、こう脅かしている。

 《領土拡大には、戦争を覚悟せねばならぬ》