朴槿恵大統領の求心力“急下降”で日韓合意は風前の灯火 慰安婦像も撤去されぬまま次期大統領に代わるのか…

久保田るり子の朝鮮半島ウオッチ
韓国の朴槿恵大統領(共同)

 慰安婦問題の日韓合意に基づいて韓国で財団設立の準備委員会が発足、合意履行の具体的な動きが始まった。しかし、与党が惨敗した4月の総選挙以降、朴槿恵(パク・クネ)政権の求心力は急下降しており、韓国側の合意履行には暗雲が垂れ込めている。韓国野党は日韓合意破棄を主張、日本の安倍晋三政権と握手した慰安婦問題を朴槿恵政権たたきの好材料とみている。すでに来年末の大統領選挙絡みの「政治の季節」に入った韓国、展開いかんでは日韓合意そのものが棚上げ-などという最悪の事態も懸念される情勢だ。

韓国で内政問題化の慰安婦問題

 韓国政府は日韓合意の“目玉”となる元慰安婦を支援する財団の6月中の設立を目指す。5月末の準備委員会初会合では早速、日本拠出の10億円について「賠償金」扱いする韓国メディアと、「履行のための資金」と説明に追われる政府・委員会側が対立するなど、予想通りの波乱のスタートとなった。

 日韓合意はすでに韓国の内政問題化している。日本が強く要求した慰安婦像撤去問題は、直後から国内世論に答えるため「民間の立てた像。日韓合意には入っていない」との立場を強調し日韓の温度差が明確化。野党は「国家賠償」がなかった日韓合意には破棄を求めており、準備委設立にも「屈辱的で拙速な合意」と朴政権批判の談話を出すなど、政局の内政イシューになっている。

 韓国世論の反発の強い日本大使館前の慰安婦像撤去は事実上、難しくなった。総選挙で与党は特にソウル首都圏での敗北が目立った。そんなソウルの中心部に設置されている日本大使館前の慰安婦像を無理に動かそうとすれば、市民団体や野党の猛反発は避けられず、世論が一気に反日、反政府ムードに傾くだろう。

 韓国政府が慰安婦像を撤去する見通しがないままでは日本は約束した10億円の資金拠出ができない。像の撤去も資金の拠出も双方ができないとなると、合意は不履行、日韓合意は棚上げ、未完に終わる-というシナリオも現実味を帯びる。未完となれば韓国の次期政権に引き継がれるのだろうが、その時点で合意は白紙化する。

時間経過とともに政治決着のタガが緩む恐れ

 日韓合意はそもそも、日本国内の異論を封じて強引に進めた政治決着だ。特に保守論壇は、合意の“おわび”のくだりにある「当時の軍の関与」との言及には猛反発、「安倍政権の裏切りだ」「禍根を残した」との声が挙がっていた。

 この「軍の関与」は、アジア女性基金の首相名のおわびの手紙に使われた表現で、実際には軍が衛生管理などを行った「間接的関与」を指す。だが「間接的」を省いて「軍の関与」としたのは、「韓国側がいかように解釈してもご自由に」との日本側の譲歩、妥協の産物だった。

 安倍政権応援団の保守論壇の不満を承知のうえで、政府があえて日韓合意に踏み切った優先事項は(1)日本大使館前の慰安婦像を撤去させる(2)根拠なき非難を止め、日韓の外交問題として決着し、問題を蒸し返させない不可逆化-の2点だった。しかし合意は「共同文書なし」の口約束だ。「不可逆的な解決」に文書の担保があるわけではない。慰安婦像撤去も尹炳世(ユン・ビョンセ)外相が記者会見で「適切に解決されるよう努力する」と述べただけだ。

 そこを補強するため日本が取った手段が、外相レベルでの合意後に内容を首脳の電話会談で確認、国際的な公約化するというやり方だった。これにより慰安婦問題に関して日韓外交上の争点化を封じた。さらに安倍氏は朴槿恵氏との電話会談で「慰安婦問題は請求権協定の問題ではない」と確認し、請求権については日韓基本条約で「完全かつ最終的に解決されている」と明言、これも再確認している。

 こうした綱渡りの経緯なだけに、具体化が紛糾すれば日本国内の不満が再燃する可能性がある。韓国側の「不可逆化」の約束も朴政権の求心力が落ちればタガが緩むのは必至で、韓国国内で反日が再燃しかねない。韓国が議論を蒸し返した場合、日本が「韓国が不可逆化の約束を反古にした」と主張できるかどうかも実に不透明なのだ。

このまま合意は“絵に描いた餅”になる? 

 日韓合意はいま、韓国の進歩・革新陣営にとって格好の保守叩き、朴政権攻撃のネタになった。慰安婦運動の中心団体、韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)は政治性が強く、北朝鮮系のメンバーが少なからず入っている。慰安婦運動はナショナリズムを利用しようとする勢力だけでなく、イデオロギー化させようとする勢力が深く介在した韓国の政治運動なのだ。

 慰安婦問題は日韓で異なる本質を持つ、虚言や虚報に翻弄された日本における「慰安婦問題」と、ナショナリズムに火が付く国家の自尊心のかかった韓国の「慰安婦問題」-歴史的経緯を経て事実関係とは別にそれぞれの政治性を帯びたこの問題で和解するには、政治決着しか方法はなかった。だが、この合意は“絵に描いた餅”になるかもしれない。日本は当面、韓国の国内問題を突き放して見守るしかなさそうだ。(産経新聞編集局編集委員)