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【憲法の限界 施行74年】佐藤仁・南三陸町長「震災で体験した法律の壁」

東日本大震災前後の宮城県南三陸町の様子を上空から撮影したパネルと佐藤仁町長=4月、南三陸町役場(酒井充撮影)
東日本大震災前後の宮城県南三陸町の様子を上空から撮影したパネルと佐藤仁町長=4月、南三陸町役場(酒井充撮影)

 宮城県南三陸町は平成23年3月11日の東日本大震災による津波で大きな被害を受けた。人口約1万7千人のうち死者・行方不明者は830人近くに上り、町の中心部は壊滅状態に。大津波に飲み込まれた町防災対策庁舎の外階段にしがみつき九死に一生を得た佐藤仁町長は、大規模災害に対する憲法をはじめとした法律の不備を指摘する。佐藤町長に話を聞いた。

 --東日本大震災直後、真っ先に大変だったことは何か

 「最初に大変だと思ったのは、防災対策庁舎の上から町を見たときに、町でなくなっていた。本当に再建できるかと思った。体育館に避難し、消防職員2~3人と最初の災害対策本部を開いた。どうも避難所に1万人ぐらいいるみたいだという報告を受けた。そのとき、食料をどうするかを考えた。1万人が1日3食で毎日3万食を集めなければいけない」

 「私がやったのは、紙を持ってきてもらい、職員の証明書を書いた。ペンで『証明書』と大きく書き、『この者は南三陸町の職員であることを証明する 南三陸町長 佐藤仁』と書いて職員に配り、『これで内陸の方に行って掛け売りで買えるだけ買ってこい。なんでもいいから買ってこい』と言った」

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