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英語でシベリア抑留記を書いた謎の特務機関員 長勢了治氏が発掘

戦後、英語で出版されたシベリア抑留体験記「Four Years in HELL(地獄の4年間)」の表紙。著者は「ヤマモト・トモミ」となっている
戦後、英語で出版されたシベリア抑留体験記「Four Years in HELL(地獄の4年間)」の表紙。著者は「ヤマモト・トモミ」となっている
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 ソ連の独裁者スターリンによる北方四島奪取と並ぶ国家犯罪、シベリア抑留。その過酷な実体験を日本に生還後まもなく、なぜか英文で出版した男がいる。シベリア抑留問題研究家・翻訳家の長勢了治氏(71)が70年近くも戦後史に埋もれてきたこの本の存在を発掘し、出版に至った謎と背景を月刊「正論」2月号で詳しく分析している。戦後、米ソ対立があらわになる中で、ソ連共産主義の悪行を西側世界に広く暴露するため、日本を占領していたGHQ(連合国軍総司令部)が英文での出版を後押しした可能性が強い、と長勢氏は指摘している。

 英語でのシベリア抑留体験記の存在が知られたのは戦後75年でも初めてだ。冷戦初期の熾烈(しれつ)な米ソ情報戦をうかがわせる貴重な史料としても注目される。

 この本は「Four Years in HELL(地獄の4年間)」。著者は「ヤマモト・トモミ」で、A5判の300ページ。東京の「An Asian publication(アジア出版)」から米国による日本占領最後の年の1952年に出版された。

 「ヤマモト」は44年に東京外国語学校(現・東京外国語大学)ロシア語科を卒業してハルビン特務機関に勤務したと書いている。しかし、長勢氏が調べた東京外国語学校の卒業生名簿やかつての関東軍情報部(ハルビン特務機関から改称)の名簿に「ヤマモト・トモミ」の名前はなく、筆名(偽名)の可能性が高い。

 ヤマモトは終戦後、特務機関を抜け出し、ハルビンで買った軍靴を履いていたためソ連兵に「脱走兵」と疑われ連行された。貨車でチタの中継監獄を経て46年1月、カザフ共和国の首都アルマ・アタ(現・カザフスタン東部アルマトイ)の第40収容地区第3支部に移送された。ここでは重労働に加え、収容所長と、同じ抑留者で後に次々と重罪に処せられる反革命の白系ロシア人による二重支配が日本人を悲惨にしたと記している。

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