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【外交文書】「今こそ天安門の教訓を」 中西輝政京都大名誉教授

大規模デモに参加する学生、市民ら=1989年5月、北京(共同)
大規模デモに参加する学生、市民ら=1989年5月、北京(共同)

 天安門事件を受けてなお、当時の日本政府は国際社会に中国との融和を呼びかけるようなスタンスを取り続けた。制裁にかじを切る西側諸国の動きに比べ、明らかに突出した動きだった。地理的にも歴史的にも日本は特別な立場にあったとはいえ、それが間違いであったことは現在の中国の強権的な姿が証明している。

 当時の政府与党や日本社会には、日中国交正常化以来の親中的な雰囲気が色濃く残っていた。●(=登におおざと)小平指導部が掲げた「改革・開放」路線の先にある中国市場への期待感や、日中戦争に対する贖罪(しょくざい)意識なども背景要因として働いていた。西側諸国との協調には相当な抵抗やためらいがあったといえる。

 そして事件の総括もないまま政府は「微笑外交」を続けた。1991年には海部俊樹首相、92年には天皇陛下の訪中が実現した。徐々に天安門事件などなかったかのような雰囲気が醸成され、「経済が豊かになれば自然に民主化する」というナイーブな期待を膨らませた。

 しかし、天安門事件を引き起こした中国の政治体制が根本的に改まったわけではない。実際、強大化した今、その遺伝子は頭をもたげつつある。香港やウイグルをはじめとする人権問題、東シナ海や南シナ海での海洋進出…詳しく語るまでもないだろう。

 天安門事件で得た教訓を今こそ生かすべきときだ。国際社会と軌を一にして行動し中国に対する政治的な抑止に努めることこそ、日本外交がとるべき有効な選択肢だ。日米同盟を強化し、「自由で開かれたインド太平洋」を推進した安倍晋三前首相はその方向性を示した。菅義偉首相はさらにそれを深化させ、実務的に協力の内容を詰めていく責任が課せられる。国際社会も日本の役割に期待を寄せている。

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