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【記者発】政局の中心に元気な首相経験者 政治部・沢田大典

辞職後初めて父・晋太郎元外相の墓参りをする安倍晋三前首相=1日、山口県長門市
辞職後初めて父・晋太郎元外相の墓参りをする安倍晋三前首相=1日、山口県長門市

 自民党の安倍晋三前首相が精力的だ。党所属国会議員のパーティーに駆け付けたり、会合に顔を出して思い出話に花を咲かせたりしている。今月初めには首相退任後初めて地元・山口県入りし、支援者らに報告をした。

 持病の潰瘍性大腸炎の新しい治療法が効いており、重責から解放されたことが大きいようだ。安倍氏の出身派閥である党内最大勢力の細田派(清和政策研究会)内には、令和3年に派閥への復帰を期待する声が強い。復帰となれば、安倍氏はキングメーカーとして大きな力を持つ。

 菅義偉(すが・よしひで)首相はもちろん、党総裁・首相を目指す政治家は安倍氏に目配せする必要があるだろう。首相経験者は多くの場合で政局の中心になっていたからだ。

 平成19年9月、安倍氏の首相辞任後の自民党総裁選。当初は麻生太郎氏が先行していたが、森喜朗元首相が主導して福田康夫氏を支持することで主要派閥をまとめ上げ「麻生包囲網」を完成させた。

 民主党政権下では、菅(かん)直人政権に鳩山由紀夫元首相が引導を渡したともいえる。鳩山氏は23年6月、内閣不信任案に同調する動きを見せ、菅(かん)氏と会談して早期退陣の約束を取り付けた。不信任案は否決されたが、この後に菅(かん)氏が続投を模索したとみて鳩山氏は激怒し、菅(かん)氏を「ペテン師」と断罪。辞任論が加速した。

 24年の野党自民党総裁選では、麻生氏が劣勢だった安倍氏を支持したことが、逆転の第一歩だった。自民党史をみても、元首相が動き政局となった例がある。昭和54年に大平正芳政権下で起きた「四十日抗争」は大平氏と福田赳夫元首相らが対立した。中曽根康弘政権では、中曽根氏と鈴木善幸元首相らが対立した。首相経験者の「嫉妬」が原因との解説も聞かれる。

 安倍氏が、自らの7年9月間の政権を官房長官として支えてきた菅(すが)首相と対立する可能性は低い。ただ、自民党のベテラン議員はこう語る。

 「安倍政権が安定していたのは野党が弱く自民党内に代わりが見当たらなかった『消去法』の側面も大きい。世論が安倍氏が控えているとみれば、菅(すが)内閣の支持率が急落することもありうる」

 安倍氏は周囲に「再々登板はない」と断言している。現状では自然な言葉だが-。

                  ◇

【プロフィル】沢田大典

 平成16年入社。さいたま総局を経て、夕刊フジ報道部で18年9月から政治取材に携わった。25年7月に政治部に異動し、現在は自民党を担当。

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