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【尖閣衝突事件10年】極秘訪中した細野豪志氏 長い交渉の末に「邦人釈放」耳打ち

インタビューに応じる細野豪志衆院議員=東京都千代田区(川口良介撮影)
インタビューに応じる細野豪志衆院議員=東京都千代田区(川口良介撮影)

 平成22年9月7日、尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖の領海内で発生した海上保安庁巡視船と中国漁船の衝突事件後、中国は日本人の拘束などさまざまな報復措置に出た。当時、民主党政権の議員として極秘に中国を訪問した細野豪志衆院議員に話を聞いた。(肩書は当時)

 --誰が訪中を指示したのか

 「9月24日夜に仙谷由人官房長官から電話をもらった。当時、私は政府に入っておらず、党でも無役だったので情報がなかった。中国人船長が処分保留で釈放された日で、政権批判が高まり、私も地元にいて忸怩(じくじ)たる思いを持っていたときに電話があり、『中国に行ってくれないか。外交ルートも機能していない』という話だった。その一言で状況を察することができた」

 「衝突時の映像公開を求める声が出ていて、建設会社の社員4人が拘束され、状況は最悪だった。無役の私に何ができるのかと思うと同時に、何もできなかった場合、政治家として非常に厳しい立場に追い込まれることも想像できたので、一晩、相当悩んだ。捨て石になるかもしれないが、国益にわずかでもプラスになるのであれば行こうと思い、翌25日に上京してホテルで仙谷氏と会った」

 --求められた役割とは

 「中国側が何を考えているのかを探ることだった。中国側も日本の状況をあまり正確に把握していなかった。仙谷氏に『なかなか大変ですね』と言ったら、『骨は拾ってやる』と言われた」

 --29日に訪中し、面会した戴秉国(たい・へいこく)国務委員(外交担当)とのやり取りは

 「午後3時から北京の釣魚台国賓館で交渉を始めた。戴氏以外も含め7時間以上の厳しい交渉だった。社交辞令は一切なく、談笑する場面もなかった。夕食は30分間で、あとはひたすら交渉だった。完全なアゥエーで、仙谷氏に電話することもできなかった。ここからは下がれないといった条件を自分の中で設定して戦うしかなかった」

 「中国側は『日本が新しいアクションを起こした』と言っていた。尖閣では今までいろいろなことがあっても逮捕しなかったが、今回は逮捕した、と。海保の巡視船にぶつけてきたわけだから『逮捕は当然だ。国内法を粛々と執行したまでだ』と説明したが、彼らは盛んに『ハードルを上げてきた』という言い方をしていた」

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