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【総裁選ドキュメント】「令和おじさん」で知名度一気 堅実手腕も口下手の評

新元号「令和」が書かれた墨書を掲げる菅義偉官房長官=2019年4月1日、首相官邸(古厩正樹撮影)
新元号「令和」が書かれた墨書を掲げる菅義偉官房長官=2019年4月1日、首相官邸(古厩正樹撮影)

 自民党総裁選で最右翼と目される菅義偉官房長官は安倍晋三政権で黒子役に徹し続けた。華やかさに欠け、パフォーマンスも苦手。知名度の低さを指摘されもしたが、昨年4月の新元号発表で一気に人を呼べる存在になった。7年8カ月にわたる長期政権を支えた点も評価され、次期首相に推される立場にたどり着いた。

 「国民の皆さんが安心できる生活を一日も早く取り戻すことができるために、今なすべきことは何か熟慮をしてきた」

 菅氏は2日の記者会見で出馬を決断する経緯をこう説明した。

 7月下旬ごろから安倍首相の体調が悪化していくのをそばで感じていた。「(出馬すべきかどうか)ずっと自問自答を繰り返してきた」。出馬の意向を固めた後も、周囲にこう苦しい胸の内を明かしていた。

 首相との出会いは北朝鮮による日本人拉致問題がきっかけだ。菅氏は平成13年12月の自民党総務会で北朝鮮の貨客船「万景峰(マンギョンボン)号」の入港禁止を主張。当時、官房副長官だった首相がこれを知り、菅氏と直接連絡をとって支援を約束したのが始まりだ。以来、菅氏は首相を支え続けてきた。

 霞が関に太いパイプを持ち、インバウンド観光推進や利水ダムの洪水対策活用など、縦割りを排した省庁横断型の政策を実現する菅氏の実行力は折り紙付きだ。ただ、口下手で酒を飲まないことから「堅物」「何を考えているのか分からない」と陰口をたたかれることもあった。典型的な実務型の政治家ゆえに全国的な知名度は低かった。

 だが、昨年4月の元号発表で一躍「令和おじさん」と呼ばれ、露出が増えた。「声をかけてくれる層がものすごく若くなった」と戸惑うが、国民の幅広い人気も必要とされる総裁選で有力候補となる素地が徐々に作り上げられていった。

 「ポスト安倍」にはさまざまな名前が挙がった。だが、首相が病で急に辞任を決めたことで政策の継続性を求める声が高まり、最も近くで支え続けた政権ナンバー2の菅氏を担ごうという機運が党内で醸成されていった。

 出身地の秋田から集団就職で上京し、段ボール工場での勤務などを経て、小此木彦三郎元通産相の秘書や横浜市議を経た苦労人だ。

 「今もなんで自分が(総裁候補の中に)いていいのかと思う。田舎から出てきて、そもそも市議も遠い存在だったのに」。周囲にそうつぶやく菅氏が総裁選レースの主役に躍り出ている。(大島悠亮)

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