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渡部恒三元衆院副議長が死去 88歳 「平成の黄門さま」

元衆院副議長・渡部恒三氏
元衆院副議長・渡部恒三氏

 衆院副議長を務め、「政界のご意見番」「平成の水戸黄門」と呼ばれた渡部恒三(わたなべ・こうぞう)氏が23日、福島県内の病院で死去した。88歳。福島県出身。葬儀・告別式は近親者のみで執り行う。

 早大卒。福島県議を経て昭和44年の衆院選で旧福島2区から無所属で出馬。ケネディ米元大統領にあやかり「会津のケネディ」と名乗って話題を集め初当選し、自民党の追加公認を得た。衆院議員を14期務め、第2次中曽根康弘内閣で厚相として初入閣。通産相、自治相なども歴任した。

 旧竹下派に所属し、小沢一郎衆院議員、小渕恵三元首相らとともに「竹下派七奉行」として知られたが、平成5年に小沢氏らとともに自民党を離党。その後、新生党や新進党の結党に参加し、8年から15年まで衆院副議長。9年の新進党解党後は党籍を持たなかったが、17年の衆院選前に民主党に入党、18年に国対委員長を務めた。

 21年発足の民主党政権では鳩山由紀夫、菅直人両元首相らへの歯にきぬ着せぬ発言で存在感を示した。24年の衆院選に出馬せず政界を引退。22年1月から24年5月まで産経新聞でコラム「国益が第一」を連載した。

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