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【ポスト安倍の夏】西村康稔経済再生担当相 コロナ対策の「顔」急浮上

経済財政諮問会議 西村康稔経済財政政策担当相=22日午後、首相官邸(酒巻俊介撮影)
経済財政諮問会議 西村康稔経済財政政策担当相=22日午後、首相官邸(酒巻俊介撮影)
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 新型コロナウイルス対策のための県境をまたぐ移動自粛が全国で解除された6月19日。経済再生担当相の西村康稔は、東京都港区の国立新美術館で開かれていた書道展で感染防止対策を視察中、館長に促される形で、ある展示に足を止めた。

 「臥龍鳳雛(がりょうほうすう)」

 中国の三国志に由来する故事で、「臥龍」は寝ている竜、「鳳雛」は伝説上の鳥である鳳凰(ほうおう)の雛(ひな)を指し、「将来を期待されている者の例え」という意味がある。西村に気付いた見学客がスマートフォンで撮影し、西村も笑顔で応じた。

早くから注目受け

 西村は平成21年9月、政界では若手とされる当選3回で自民党総裁選に出馬。所属する細田派(清和政策研究会、97人)を中心に、早くから将来の首相候補として注目を集めてきた。

 細田派は党内最大派閥ながら、首相の安倍晋三の父、晋太郎の系統を引く「安倍系」と、元首相、福田赳夫に近い「福田系」が入り交じり、派の一体感に欠ける。

 しかし、西村は義父に晋太郎と昵懇(じっこん)だった元自治相の吹田あきらを持ち、安倍とも濃密な関係を築くほか、福田系の大御所の元首相、森喜朗ともパイプがあり、双方に顔が立つ。細田派について、森は周囲に「西村と(文部科学相の)萩生田光一が車の両輪」と語ったこともある。

 ただ、24年の第2次安倍政権発足後も初当選同期の厚生労働相、加藤勝信らが先に入閣。西村は29年に官房副長官となったが、知名度はいまひとつだった。存在感が急速に増したのは、今年3月6日の新型コロナ対策の特別措置法担当への就任がきっかけだ。

「憎まれ役でいい」

 4月7日の緊急事態宣言発令後、西村はほぼ毎日、記者会見などで感染状況や経済対策などを説明した。通常国会での答弁は700回を超えた。

 緊急事態宣言下の対策をめぐっては東京都知事の小池百合子や大阪府知事の吉村洋文と一時対立した。他方、国が自治体に配る「地方創生臨時交付金」を休業協力金に充てられるようにした際には、難色を示す官僚に業を煮やし、長崎県選出の地方創生担当相、北村誠吾に「地方選出で誰よりも地方の苦しさが分かると思う。協力してほしい」と直談判もした。

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