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沖縄戦「慰霊の日」戦没者追悼 戦後75年、コロナで式典縮小

沖縄県糸満市の平和祈念公園を訪れ、「平和の火」を見つめる子供たち=23日午前
沖縄県糸満市の平和祈念公園を訪れ、「平和の火」を見つめる子供たち=23日午前

 沖縄県は23日、先の大戦末期の沖縄戦で亡くなった犠牲者を追悼する「慰霊の日」を迎えた。最後の激戦地となった糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園では正午前から「沖縄全戦没者追悼式」が営まれた。新型コロナウイルス感染防止のため規模は大幅に縮小されたが、それぞれの場所で、戦没者への哀悼の誠がささげられた。

 追悼式には例年、県内外から約5千人が参列するが、今年は県内の各遺族会支部代表や各市町村長ら約200人に絞られ、安倍晋三首相の招待も見送られた。正午に1分間の黙祷(もくとう)をした後、玉城デニー知事が「平和宣言」を行い、県内の児童・生徒代表が「平和の詩」を朗読した。続いて安倍首相、広島、長崎両市長らのビデオメッセージが流された。

 沖縄戦では、米軍が那覇市の西沖、慶良間(けらま)諸島に上陸した昭和20年3月26日から、牛島満第32軍司令官の自決で組織的戦闘が終結した同年6月23日までに、日米あわせて20万人以上が戦死した。4人に1人の県民が犠牲になったとも伝えられる。平和祈念公園内の石碑「平和の礎」には、6月23日以降も含めすべての戦没者の氏名が敵味方の区別なく刻まれており、今年は30人追加されて総数24万1593人となった。

 慰霊の日は、県民だけでなく全国民が戦没者を悼み、恒久平和を誓うのが目的。しかし近年、知事が平和宣言の中に米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設反対を盛り込むなど反基地運動と絡める傾向が強く、慰霊の日が政治利用されていると指摘する声も上がっている。

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