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社民党、55年体制からの歴史に幕か

記者会見する社民党の又市征治党首=23日、国会内(中村智隆撮影)
記者会見する社民党の又市征治党首=23日、国会内(中村智隆撮影)

 社民党は立憲民主党などとの合流について、29日に開かれる全国幹事長会議で出された意見を踏まえ、結論を得たい考えだ。「55年体制」の一翼を担った老舗政党がその歴史に幕を下ろすのかが焦点となる。

 「末端の党員まで含め、共通認識に立って結論を出していく努力を重ねなければいけない」

 又市征治党首は23日の記者会見で合流についてこう述べ、党内の意見を尊重する考えを強調した。

 党内には賛否両論がある。地方からは「自然消滅しないためにも合流を進めるべきだ」との意見書が寄せられた。公選法は政党要件を「国会議員5人以上」か「得票率2%以上」としているが、社民の国会議員は4人。得票率でかろうじて要件を満たしている現状への危機感がある。

 一方で、党内には「理念、政策が一致しないものはやれるわけがない」という反対意見も根強い。「党がなくなるのはごめんだ」という悲痛な声も聞かれる。

 社民党の母体の「日本社会党」はいったん右派と左派に分かれた後、昭和30(1955)年に再統一し、東西冷戦時代を通じて自民党の対抗勢力として存在感を示した。平成元年の参院選では土井たか子委員長らが巻き起こした「マドンナブーム」で、改選議席数で自民党を上回る勝利を収めた。

 6年には自民などとの連立政権で村山富市委員長が首相に就任したが、日米安保条約容認など、政策を大転換したことで旧来の支持を失った。8年に党名を「社会民主党」に変更したものの、同年発足した旧民主党に多くの議員が流出し、長い低迷期に入った。立民との交渉決裂で国民民主党が合流の枠組みから外れる中、生き残りをかけた社民党の判断が注目される。(中村智隆)

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