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【歴史の転換点から】江戸無血開城の「点と線」(1)西郷と勝 悪魔の決意

 「ひそかに聞くところによると、官軍の兵は(3月)15日に江戸城に進撃するという。そのさい、東征大総督府が指揮する東海道・東山道・北陸道先鋒軍がおのおの3カ所から攻め上り、退路を断つために後方の市街に火を放ち、必死を覚悟で江戸城を目指す-と。もし東征大総督府が自分の和平嘆願を聞かず、この策を実行に移すならば、城下は灰と化し、数百万の無辜(むこ)の民を死に至らしめることは避けられぬ。もし彼(東征大総督府)がこのような暴挙をもってわが方に対するのならば、自分もまた、彼の機先を制して市街を焼き払ってその進軍を妨げ、一戦後は江戸が焦土となることを覚悟しなければならぬ。この決意とこの策を胸に、誠意をもって談判しなければ、おそらく貫徹することはできないだろう」

 勝がどのような「和平嘆願」を「貫徹」しようとしたのかは後回しにして、先に「江戸焦土作戦」について述べておきたい。幕末維新期を中心に元治元(1864)~明治中期の間に勝が作成した備忘・随感録集『解難録』に収められた「一火策 明治元年戊辰」のなかに大意こんな一節がある。

「勝の矛盾」

 「3月15日に官軍がわが城に進撃することが決定した。このことについて西郷と会談する以前、ひそかに江戸の無頼の徒や鳶(とび)職の者に言い含めた。西郷がわが説得に耳を貸さず、みだりに兵力を頼んで戦争を強行するならば、進んで自ら首を差し出して降伏する道理はない。それは西郷の意思で民を殺そうとしているのであって、おれが民を殺すのではない。だからもし官軍が進軍してきたら四方に知らせ、市街を焼いてその進退を寸断し、焦土とせよ-と。これはロシアがナポレオンを苦しめた策なのだが、わが意は違う。これならば戦争は1日あれば終わるだろう。それでかえって無辜の民の犠牲が少なくなることを願う」

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