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【平成史】政治 派閥とカネから劇場型「個」の時代

消費税導入初日 消費税アピールのため竹下登首相が夫婦でネクタイを買いに百貨店へ 竹下登首相にネクタイを選ぶ直子夫人(右、肩書きは当時)=1989年4月1日撮影
消費税導入初日 消費税アピールのため竹下登首相が夫婦でネクタイを買いに百貨店へ 竹下登首相にネクタイを選ぶ直子夫人(右、肩書きは当時)=1989年4月1日撮影
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 昭和の戦後政治といえば、札束が飛び交い、自民党の派閥間の権力闘争、そして「55年体制」と呼ばれた自民党と社会党のなれ合い体質が象徴的だった。政治改革の大合唱で幕を開けた平成は政治のありようが大きく変わった時代でもあった。言葉を武器とする政治家の発言を中心に波乱の平成政治史を振り返る。(酒井充)

 前年からリクルート疑惑を指摘されていた竹下登首相は平成元年4月に消費税3%導入を実現したが、6月に退陣した。後を継いだ宇野宗佑首相には愛人疑惑が発覚し、自民党は7月の参院選で大敗。宇野首相は退陣の記者会見で「明鏡止水(めいきょうしすい)の心境」と述べた。心にやましいところがないとの意味だが、現実とのギャップからか、流行語となった。

◆山が動いたマドンナ旋風

 その参院選で躍進し、「山が動いた」と発したのは社会党の土井たか子委員長。同党から多くの女性議員が当選し「マドンナブーム」と呼ばれた。2年の衆院選でも議席を伸ばし国会議員200人以上を誇った社会党だが、その後は急速に低迷。現在の社民党議員は4人しかいない。

 リクルート疑惑に端を発した政治改革の動きは衆院の選挙制度改革の議論に変わった。定数が複数の中選挙区制で自民党は各派閥が候補を擁立。カネがものを言い、腐敗の温床とされた。政治改革の実現を目指した海部俊樹首相は3年9月、自民党幹部に「重大な決意」を表明した。実際は「重大な意思」だったともされるが、衆院解散を示唆したと受け止められ、退陣を余儀なくされた。

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