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【竹島を考える】韓国の赤化とは赤子(あかご)化 下條正男・拓殖大教授

過去の対韓対策とは全く違う現在の日本

 現在の日本は韓国が分からず、韓国もまた日本を理解できないでいる。それは過去、日韓関係が緊張した時代の日本側の対韓政策とは、全く違うことからもいえる。それは1905年、南下政策を続けるロシアとの戦争の最中、大韓帝国との間で「日韓議定書」を結んで韓国側に秕政(ひせい)の現実を認めさせ、その「施政の改善」を図ったときのことである。

 当時の大韓帝国は、現在の北朝鮮と似た独裁国家であった。そのため大韓帝国の経済は窮乏し、農民たちは疲弊していた。そこで大韓帝国を保護国とした日本は、大韓帝国の中に統監府を設置して、「施政の改善」を図ることにした。その中心にいたのが統監の伊藤博文である。

 伊藤は、「日韓議定書」を締結した以上、日本政府は当然、経済的負担をすべきだとしていたが、今後、大韓帝国が自立するには、「韓国人民をして漸次その資力を増進」させ、「韓国人民をして自らその費用を負担する途を開く」べきだと考えていた。

 その施策は、大韓帝国の財政顧問部でアドバイザー役を果たしていた目賀田種太郎によって実施された。目賀田は、大韓帝国の財政再建のため「税制」「幣制」「宮中と府中の分離」の改革を矢継ぎ早に断行した。

大韓帝国の閣僚に協力求めた伊藤博文

 統監の伊藤は、その改革を円滑に進めるため、大韓帝国の閣僚と協議を行う「韓国施政改善ニ関スル協議会」を主催している。その席上、伊藤は「当初ハ人民中、不平ヲ唱フル者」もいるだろうが、15年もして実際に効果が表れれば、彼らもきっと喜ぶだろうと述べて、大韓帝国の閣僚たちに協力を求め賛同を得ている。

 この「韓国施政改善ニ関スル協議会」では、明治維新後の日本の国家経営の経験が披瀝(ひれき)され、「韓国ノ富強」を実現する施策が検討されていた。

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