PR

ニュース 政治

維新「次の10年」の展望どう描く 全国政党へのハードル

大阪ダブル選で当選確実の知らせを受け、喜ぶ支持者ら=7日午後、大阪市中央区(須谷友郁撮影)
大阪ダブル選で当選確実の知らせを受け、喜ぶ支持者ら=7日午後、大阪市中央区(須谷友郁撮影)

 7日に投開票された大阪府知事・大阪市長ダブル選は、党の浮沈をかけて臨んだ日本維新の会が勝利を確実にした。党創設者の橋下徹前代表が提唱した「大阪都構想」の実現の余地が残されたことで、党のレゾンデートル(存在意義)はかろうじて守られた。とはいえ、自民党の戦略ミスという「敵失」の側面も否めず、国政政党としての躍進に課題も残る。(松本学)

 「政党が『右向け』といえば右を向くほど有権者はバカじゃない。政策の中身やわれわれの取り組みを全て考えて投票している」

 市長選で当選を確実にした維新の松井一郎代表(前府知事)は7日夜、大阪市の党本部で記者会見し「維新包囲網」を構築した主要与野党を重ねて批判した。別の党幹部も「橋下氏抜きの戦いを制した。国政にも弾みがつく」と喜んだ。

 「10年前の大阪に戻してはならない」-。維新陣営はダブル選でこのフレーズを繰り返し唱えてきた。

 維新の「源流」の誕生はちょうど10年前にさかのぼる。橋下氏が大阪府知事だった平成21年4月、その府政改革の姿勢に共鳴する松井氏ら自民党若手府議6人が府議会の新会派「自民党・維新の会」を結成した。

 地方議会の、しかも総勢6人という弱小会派にすぎなかった「維新」は、1年後の22年4月には地域政党「大阪維新の会」に姿を変え、23年4月の統一地方選で府議会過半数の勢力へと成長する。24年9月には日本維新の会として国政進出し、同年末の衆院選で54議席を獲得、当時の民主党に次ぐ野党第2党となった。

 わずか約3年8カ月という短期間に、地方議会の一会派が国政で一定数の勢力を持つ政党へ変貌したケースは前例がない。24年の衆院選比例代表の約1226万票という得票数は、自民党に対抗できる政党としての期待の表れだった。

 ただ、国政での足場作りは思うように進まず、今に至るまで一進一退を繰り返しているのが実相だ。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ