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大阪府知事選・大阪市長選 過去にはお笑い芸人など多彩な顔ぶれ

 民間出身市長

 一方、市長は歴代10人のうち、初代から7代連続で助役ら市役所出身者が務めた。平成19年、民放アナウンサーだった平松邦夫氏が初当選し、戦後初の民間出身市長が誕生。その後は府知事から転身した橋下氏、後継の吉村洋文氏が続く。

 投票率が最も高かったのは、助役から市長、参院議員に転身し、昭和26年に再び市長選に挑んだ中井光次(みつじ)氏が再選したときの71・98%。最低は、橋下氏が都構想をめぐり民意を問うとして出直し市長選を行った平成26年の23・59%だった。

 府知事と大阪市長の歴史に大きな変化をもたらしたのは、やはり橋下氏だ。茶髪の「タレント弁護士」としてテレビで活躍していた橋下氏は当初、政界進出は「2万%ない」としていたが、20年の府知事選に自民党府連と公明党府本部の推薦を受けて無所属で立候補し、初当選。近畿大の上崎哉(うえさき・はじめ)教授(行政学)は、「橋下氏の出現で大阪の政治状況は大きく変わり、少なくとも住民の政治に対する関心を高めた」と話す。

 ケンカ民主主義 

 橋下氏は知事時代に都構想を提唱し、地域政党「大阪維新の会」を創設。「敵」と見立てた相手を徹底的に論破し、選挙での勝利で正当性を勝ち取る「ケンカ民主主義」は有権者の関心を引き寄せ、維新を一大政治勢力たらしめた。

 都構想に異論を唱える平松市長と対立の末、知事を辞めて23年11月の市長選に出馬すると、圧勝。知事から政令市長になったのは橋下氏が初めてで、後継の松井一郎氏も知事選に初当選し、大阪府市での維新政治が始まった。

 27年5月、橋下氏は政治生命をかけた都構想の住民投票が否決されると、市長職の任期満了をもって引退。だが維新支持者にはなお待望論が根強く、その言動は今も注目されている。

 地方政治に詳しい関西大の築山宏樹准教授(政治学)は「大阪全体の利益実現を目指す地域政党の登場で、有権者には投票の際の選択がわかりやすくなったのでは」と話している。

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