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【改元に思う】竹下首相、「平成」発表したかった? 

昭和から平成への改元時に内閣官房内政審議室長を務めた的場順三元内閣官房副長官
昭和から平成への改元時に内閣官房内政審議室長を務めた的場順三元内閣官房副長官

 □的場順三・元内閣官房副長官

 内閣内政審議室長として元号制定準備に関わるまでは大蔵省(現財務省)主計局で与野党国会議員への根回しに奔走していましたが、平成改元は完全なインテリジェンス(機密情報)。元号法は「元号は皇位の継承があつた場合に限り改める」としておりますが、天皇陛下の譲位が事前に公表された今回と違い、平成改元の際は昭和天皇がご存命でおられる中で新しい元号を準備する必要があり、根回しは一切してはならなかった。これは大変な仕事を受けてしまったと思いましたね。

 元号は天皇陛下の権威で使うものでなく、内閣の責任で決め全国津々浦々で使ってもらわないといけない。一方、学者の世界は弟子も含めて富士山のような一つの固まりで、学者はその世界での評価を最も恐れます。だから誰もが納得する権威ある複数の学者に元号の考案を依頼したのですが、「その字は難しい」「既に使われているのでだめです」などと不機嫌になる偉い先生をなだめながら、候補を絞った上で優先順位をつけてもらいました。最終的に「平成」「修文」「正化」の3案から「平成」が選ばれました。

 当時は官房長官が新元号を発表するのが自然でした。首相が官邸で記者会見するのは就任と退任のときくらいだったからです。会見で「平成」の額縁を掲げた小渕恵三官房長官は、その後「平成おじさん」と呼ばれ人気者になった。

 その頃だったかな、竹下登首相(当時)は私に「的場君、元号は内閣が決めるのだから『昭和』は島根県の大先輩の若槻礼次郎先生が首相のときにお決めになった。『平成』は不肖、島根の代議士、竹下登だよな」とおっしゃった。慌てて私が「首相の記者会見まで仕切る権限は与えてもらっていませんでしたが、やはり首相にお願いすべきでしたか」と聞いたら「ん、だわなあ」と(笑)。

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