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【明治150年】第4部 万博(3)悲願の大阪万博 「戦後」払拭、国民の6割が足運ぶ

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 明治以来日本は3回、経済的な事情や世界情勢の悪化で万博開催を断念してきていた。戦後、高度経済成長を経て、やっと訪れた「4度目の正直」だった。

 大阪万博に日本中が熱狂した。月の石、動く歩道、モノレール、ロボット…パビリオンには長蛇の列ができた。政府は幹線道路や鉄道などの整備に約6500億円を投入。日本が万博一色に染まった。新聞、雑誌、テレビは「万博特集」を組み、全国から一目見ようと観客が押しかけた。

 総入場者数は6422万人。当時の日本の人口は約1億400万人、約6割が足を運んだことになる。1日の平均入場者数は約35万人、最多入場者数を記録したのは閉幕が近づいてきた45年9月5日で約83万人に上り、帰宅できず会場周辺で野宿する人もいた。期間中、約4万8千人の迷子が出たという。

 会場を訪れたことのある多くの人が、「万博で初めて外国人を見た」と回想する。当時まだ一般市民にとって遠い存在だった海外の文化や民族を、万博は一気に近くに引き寄せた。

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