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活動家はどこへ消えた? 北部訓練場返還から1年半 「ヘリうるさいが、静寂戻った」

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 その高江地区には移設工事が完成するまで100人規模の活動家が集まり、「高江の人のため」と訴えていた。住民が不満を募らせる今こそ活発な運動を展開していると思いきや、現場周辺は閑散としていた。政府は8月17日に米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設先である名護市辺野古の埋め立てに着手する方針で、活動の主戦場は辺野古に移ったというわけだ。

 反対派が設置した高江地区のテントには当番制で2人が陣取っているという。台風6号が接近した今月16日はテントが撤去され、誰もいなかった。政府関係者によると、活動家は正門ゲート前でときおり米軍車両を妨害しているが、組織的な動きはないという。

 14日にテントにいた安次嶺雪音さん(47)は、今年4月に高江地区に隣接する国頭村に引っ越した。「いつオスプレイが落ちるか分からない不安と騒音で普通に暮らすことができなくなった」と語る。「機動隊がいて、反対する人たちがいて、罵声が飛び交って…。ずっとあれが続くのは精神的にきつかった」とも打ち明けた。

 一方で高江地区には今年に入り、1歳の子供を持つ家族が新たに移り住んできた。今も高江地区に残る住民は「ヘリはうるさいが、活動家がいなくなって元の静寂が戻った」と話す。活動家は工事車両を阻止するため車で道路をふさぎ、地元住民の検問も行っていたからだ。

 仲嶺区長のもとには今もヘリ騒音に関する苦情が寄せられる。だが、かつて相次いだ活動家に対する苦情はなくなったという。(杉本康士)

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