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日朝交渉29年の歴史…常に米国の影 米朝関係進展は好機にあらず?

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日朝交渉29年の歴史…常に米国の影 米朝関係進展は好機にあらず?

対話開始のパターン

 日朝交渉が動き出すきっかけは、米国の対北圧力だけではない。むしろ米朝交渉が進展したことを受け、日朝が対話を開始するのが通常のパターンだ。

 日朝が国交正常化交渉開始に合意したのは、1990年9月の金丸信元副総理らの訪朝時だった。88年12月の米朝参事官級協議から1年9カ月後のことで、日本は米国の動きを受けて日朝交渉に乗り出した。しかし、目立った成果を得られないまま、92年11月に交渉は打ち切られた。

 94年10月に米朝枠組み合意が成立しても、日朝国交正常化交渉は2000年4月まで再開されなかった。日本は枠組み合意を受けて設立された朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)を通じて軽水炉建設費の30%負担を約束した。日本が支援する姿勢を示したことで、北朝鮮が対日交渉に積極的意義を見いだせなかった可能性は否定できない。

 トランプ氏は12日の記者会見で、北朝鮮の非核化費用について「韓国と日本に支援する用意がある。米国が支援する必要はないだろう」と語った。非核化費用が何を意味するかは明確ではなく軽水炉建設費と同列に論ずることもできないが、トランプ氏の発言は日朝交渉を阻害する危うさをはらむ。

 KEDOが05年11月に清算して以降も、北朝鮮をめぐる国際情勢の緊張緩和は日朝交渉を常に後押ししたとは言い難い。07年2月の6カ国協議で米国の対北金融制裁解除などに合意した1カ月後、北朝鮮は日朝作業部会で「拉致問題は解決済み」と突き放した。

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