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【吠えろ年男・年女】自民・中曽根康隆衆院議員 同年の小泉進次郎氏を「先輩として見習いたい」 伯父、前川喜平前文科次官は「国益損ねることは避けないと」

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【吠えろ年男・年女】
自民・中曽根康隆衆院議員 同年の小泉進次郎氏を「先輩として見習いたい」 伯父、前川喜平前文科次官は「国益損ねることは避けないと」

自民党の中曽根康隆氏=12月25日午後、東京・永田町の衆院第二議員会館(斎藤良雄撮影) 自民党の中曽根康隆氏=12月25日午後、東京・永田町の衆院第二議員会館(斎藤良雄撮影)

 当選後、いろいろなメディアが取り上げてくれました。「中曽根康弘元首相の孫」「小泉進次郎衆院議員と同い年」「人気グループ『嵐』の桜井翔さんと幼なじみ」の3本柱で注目されるのでしょうが、自分の思いを知ってもらうため、応じるようにしています。

 大学生の頃は祖父と一つ屋根の下に住み、部活から帰ると外交や安全保障に関する本や新聞、雑誌が付箋(ふせん)付きで置いてありました。「康隆、読め」ということです。大卒後には祖父に同行して米ホワイトハウスや中国の人民大会堂でトップとの外交を見せてもらいました。祖父は堂々としてましたね。国益に資することをしているなと強く思いました。

 政治家になろうと決意したのは28歳になってです。父(中曽根弘文元外相)の参院選の手伝いで群馬に行くと「おじいちゃんを応援したんだよ」「お父さんに世話になった」と言ってくださる多くの支援者と接し、この方々がいるから祖父や父、今の自分がいることを痛感した。その方々の孫やひ孫の世代に恩返しをしたい思いがどんどん強くなったんですよ。

 昨年10月の衆院選で、自民党から群馬1区の公認を得られず、比例北関東ブロックからの出馬を受け入れたことは苦渋の決断でした。無所属でも1区から出ようという思いもありました。でも、最後は「自民党」を選んだ。自民党系が分裂して野党を利してはいけないし、政権与党にいないことには仕事ができないとわかっていましたから。

 祖父に当選の報告をすると、開口一番「歴史を勉強しなさい」と真剣な表情で言われました。「先見性を持って国のかじ取りをできるようにならないと政治家としてはダメだ」とも。祖父が常に言う「政治家は歴史の法廷の被告席に座る」を指しているのだと思います。それでも当選はうれしかったのか、5分の間に5回も握手しました。

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 憲法改正の議論が自民党内で進んでいます。非常に短い期間でGHQ(連合国軍総司令部)が主導してつくった憲法にいつまでも縛られる必要はない。日本国民の手でルールをつくるのは当たり前です。

 9条1、2項を変えないまま自衛隊の存在を明記する安倍晋三首相(党総裁)の提案に賛成です。祖父は「自衛軍」創設を訴えてきましたが、目の前に脅威が迫る中、国民の生命と財産を守れるようにしておくため、現実に沿ったルールにする必要があります。

 前文も、憲法のエッセンスを凝縮したものなので、今の日本人らしい内容にしないといけないですよね。

 憲法改正を掲げてきた祖父は今年で100歳です。改憲がいつ、どのような内容になろうとも、祖父の情熱がきっと織り込まれていくだろうと思っています。

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 「加計学園」問題を告発した「文部省の伯父さん」(前川喜平前文部科学事務次官)ですか。異常なくらい働き、勉強し、自分の意志を貫く人でした。加計問題でもそういう姿勢だったのでしょう。安倍首相も説明責任をしっかり果たしているから、健全な民主主義になっていると思います。

 朝鮮学校を無償化の対象から外す政府の対応を伯父が批判したことについて、国益を損ねることは避けないといけないでしょう。

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 小泉先生を良い意味で意識していますよ。小泉先生の言動を通じて、政治が国民にぐっと身近になりましたよね。特に若者が政治に関心を持つようになった。純粋に先輩議員として見習い、そういう存在になっていきたい。(石鍋圭)

 なかそね・やすたか 昭和57年、東京都生まれ。慶大法学部卒。米コロンビア大学大学院で国際関係学修士号取得。外資系証券会社勤務を経て平成25年から29年8月まで父、中曽根弘文元外相の私設秘書。同年10月の衆院選に比例代表北関東ブロックに自民党公認で出馬し、初当選。祖父は中曽根康弘元首相。「加計学園」問題を告発した前川喜平前文部科学事務次官は伯父。趣味はゴルフ。好きな言葉は「自我作古」。

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