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【沖縄返還45周年】「差別されているとは絶対に言いたくない」「独立は非現実的、常識ある沖縄になって」 我喜屋優・興南高野球部監督が語る

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【沖縄返還45周年】
「差別されているとは絶対に言いたくない」「独立は非現実的、常識ある沖縄になって」 我喜屋優・興南高野球部監督が語る

(高木桂一撮影) (高木桂一撮影)

 沖縄の本土復帰(昭和47年)から45年がたった。かつて米統治下に甲子園の土を踏み、7年前に監督として興南高校(那覇市)野球部を沖縄県勢初の甲子園春夏連覇に導いた我喜屋優氏(66)=興南学園理事長、興南中・高校長=が、祖国復帰への喜びや沖縄の課題などを語った

「沖縄がひとつになった」

 私が初めて内地に渡ったのは昭和41年夏、興南高が甲子園に初出場したとき。1年生で選手ではなく手伝い要員でした。パスポートをつくりB円(軍票貨幣)を円に替え、海を越えて汽車に乗る。全て初めての経験でした。遠い遠い甲子園でした。試合は1回戦で負けましたが、みんなが「沖縄、沖縄」「チバレヨー」と応援してくれました。

 43年夏。3年生のときに主将として4番として甲子園に立ちました。ベスト4に進出しました。沖縄では大騒ぎです。沖縄のチームは「判官びいき」で声援を受けてきましたが、本土の学校と実力で肩を並べたと実感しました。甲子園から本土と沖縄の交流が始まり、僕らの活躍で本土復帰がぐっと近づきました。

 甲子園で新聞記者の質問は奇妙でした。「日の丸を見てどう思うか」「英語で勉強しているのか」…。日の丸は幼い頃から正月に家で掲げていました。沖縄は日本国の一部で、日本人という意識で生活をしていました。

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