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【砂防会館物語(下)】主役は田中派から中曽根派へ 派閥の象徴 歴史に幕

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【砂防会館物語(下)】
主役は田中派から中曽根派へ 派閥の象徴 歴史に幕

ロッキード事件で、砂防会館の田中角栄事務所を家宅捜索する東京地検の係官ら =昭和51年7月27日、東京・平河町

 自民党の派閥政治の栄枯盛衰を見つめてきた砂防会館(東京都千代田区平河町)。昭和から平成にかけ、田中派から中曽根派へと主役が移り変わった舞台は、今静かに歴史の幕を下ろそうとしている。

 ■田中曽根内閣

 「協力したこともあれば相反したこともあるが、際立った政治家だった」

 中曽根康弘元首相(97)は平成21年12月の記者会見で、首相就任までの経緯を脳裏に浮かべつつ、田中角栄元首相を述懐した。

 昭和49年12月に発足した三木武夫内閣では、田中氏は三木降ろしに動き、中曽根氏は政権側。54年、田中氏の強い影響で「角影内閣」と呼ばれた大平正芳内閣では、大平降ろしを目指した中曽根氏と田中氏が「四十日抗争」といわれた政争で相まみえた。

 両氏が再び交じり合ったのが、中曽根氏や安倍晋太郎元外相ら4人が争った57年の自民党総裁選だ。田中氏は中曽根氏支持を決め、派閥に支援を指示した。

 砂防会館を運営する全国治水砂防協会会長の綿貫民輔元衆院議長(88)は当時、田中派に所属。「当時派内では、過去に反目した経緯などから、反中曽根が多かった」と振り返る。

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