産経ニュース

【砂防会館物語(中)】「今太閤」田中角栄首相を生んだ戦後政治史の舞台

ニュース 政治

記事詳細

更新

【砂防会館物語(中)】
「今太閤」田中角栄首相を生んだ戦後政治史の舞台

ロッキード事件で、砂防会館の田中角栄事務所を家宅捜索する東京地検の係官ら =昭和51年7月27日、東京・平河町

 砂防会館は、東京・永田町の自民党本部から国道246号を隔て、歩いて数分のところにある。昭和32年8月に完成した地上5階地下2階の本館に、2棟の別館が隣り合っている。このうち本館が、平成23年の東日本大震災で窓ガラスが割れるなど耐震性に問題が生じたため、今年2月に立て替えが決まり、30年度中に新会館が完成する予定だ。

 砂防会館本館には完成まもなく、資金繰りの関係もあり、昭和30年の保守合同で誕生した自民党が2、3階に入居した。自民党を取材する記者クラブを「平河クラブ」と呼ぶのは、砂防会館の建つ東京・平河町に由来する。

 昭和41年、自民党が現在の党本部に移転すると、空いた2階、3階に中曽根康弘、田中角栄両元首相が派閥事務所を構えた。田中氏の後援会「越山会」のほか、4階には中曽根氏の個人事務所もあった。後に首相となる両氏が事務所を構えたことで、砂防会館は戦後政治史の暗闘の舞台となることを宿命付けられたといってもいいだろう。

このニュースの写真

  • 「今太閤」田中角栄首相を生んだ戦後政治史の舞台

「ニュース」のランキング