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【戦後70年~沖縄(2)】地上戦の災禍(下) ひめゆり学徒隊を救った紙片 元二等兵「誰かが国を守らねば…」 

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【戦後70年~沖縄(2)】
地上戦の災禍(下) ひめゆり学徒隊を救った紙片 元二等兵「誰かが国を守らねば…」 

壕を爆破し、日本兵が出てくるのを、ライフルを構えて待つ米海兵隊員=1945年5月、米海兵隊撮影(ACME)

 青酸カリを飲み、死んでいった兵もいたが、仲本は生きる道を選んだ。泥水の中をはいずって逃げ回り、6月23日に米軍の捕虜になった。

× × ×   

 仲本は10月ごろ、米軍に解放され、南風原陸軍病院で顔見知りとなった島袋とみと再会した。島袋は教員をしており、「まさか生きていたとは」と喜んでくれた。2人は昭和22年に結婚した。

 今年で結婚68年。2人は子供4人と孫・ひ孫16人に恵まれ、穏やかな生活を送る。だが、死んでいった戦友や同級生らを忘れたことはなく、仲本は県外から慰霊や遺骨収集に来た人々の案内役を今も続ける。

 戦後は「軍隊はすべて悪い」という風潮が広がったが、仲本はこう語る。

 「確かに戦争で散々な目にあったけど戦中も戦後も多くの人に助けられたからね。若い者は国を守らなければならなかった。誰だって楽で幸せな人生を望むさ。でも靖国神社に祀(まつ)られている人は、誰かが国を守らなければならないときの、その誰かだった。あの時そうしていなかったら国は残っていたかね?」

 横でとみがうなずいた。 「当時はみんな『お国のために』と信じていた。だからこそ、ひめゆり学徒隊で亡くなった友達の姿や気持ちを忘れてはならないと思うんです」

(敬称略)

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