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【戦後70年~沖縄(2)】地上戦の災禍(下) ひめゆり学徒隊を救った紙片 元二等兵「誰かが国を守らねば…」 

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【戦後70年~沖縄(2)】
地上戦の災禍(下) ひめゆり学徒隊を救った紙片 元二等兵「誰かが国を守らねば…」 

壕を爆破し、日本兵が出てくるのを、ライフルを構えて待つ米海兵隊員=1945年5月、米海兵隊撮影(ACME)

 遺体運びも女学生の仕事だった。日が暮れると4人1組で担架に遺体を載せ、壕外の埋葬地に運んだ。だが、死者は日に日に増え、まもなく埋葬する穴もなくなった。

× × ×   

 「独歩患者を集合させよ」。5月25日、第32軍司令部は南風原陸軍病院に撤退命令を下した。

 壕内は騒然となった。「重傷患者は後でトラックで運ぶ」という説明を聞き、島袋らは敵弾が飛び交う中、雨の中を匍匐(ほふく)しながら10キロ南の「伊原壕」というガマに逃げ落ちた。

 同級生の一人は深傷を負っていた。「とみちゃん、水を飲ませてちょうだい」。島袋はガマの岩間から垂れ落ちる水滴をガーゼに含ませ、口を運んだ。

 6月18日夜、軍医の命令を受けた教師が命じた。

 「事態はいよいよ緊迫している。直ちに学徒隊を解散する。これからは各自の責任で行動してほしい」

 そう言われても外は砲弾飛び交う最前線。島袋らがどうしてよいか分からず、うろたえていると、軍医は軍刀を振りかざした。

 「敵はすぐ近くまで来てる。歩ける者は出てゆけ。出ないものはたたき切る」

 やむなく壕を飛び出した。「みんな行かないで。私も連れてって…」。同級生の悲痛な声がずっと耳の奥に残った。

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